今日の仕事は歌番組の収録。
 テレビ局に入ったはいいけど、まだけっこう時間があり、あたしたちは楽屋でスタンバイ中。

 ざっと楽屋の中を見渡してみる。
 でも今日はいつものメンバーの半分しか人がいない。

 そう、今日はおとめ組とさくら組の楽屋が別々なのだ。
 いつもうざったいくらいに絡んでくる絵里もいなければ、当然あの人もいない……。



  あなた限定甘えんぼ



 今まで一緒に話してたさゆが鏡の中の自分にトリップしてしまったので、あたしは楽屋を抜け出す。
 ついでだから絵里を呼び出す。それはもう有無を言わさず呼び出す。
 あたしたちはあまり人通りのない自販機前の休憩スペースに集まった。

「ねぇ、れーな、さゆは? さゆは何してた?」
「あいかわらず鏡の前で固まっとうよ」
「そっかぁ。もう、さゆ可愛いなぁ〜!」
「で、紺野さんは? 何してた?」
「絵里しらなーい。キョーミないもーん!」

 問答無用で絵里の両ほっぺをひっつかみ、左右に引っぱる。
 「さくらとおとめに別れてるときはお互い情報交換しよう!」って言ったのはこの口だよね? この口だよねっ!? お〜、伸びる伸びる〜。
 ひとしきり引っぱったあとそのままの勢いで離すと(地味だけどかなり痛い)、絵里は涙目になって両頬をさする。

「じょ、冗談だってば、れーな。高橋さんや新垣さんと一緒に楽しそうに話してたよ」
「ふーん……」
「ほ、本当だってばー! 信じてよー!!」
「違う……れいなのいないところでれいな以外の人と楽しそうにしてたのが嫌なの!」
「れーなってホントに独占欲が強いよねぇ。嫌われるよぉ、あんまりしつこいと」

 またほっぺをつねろうと思ったら、今回はガードされた。
 まぁいいや。確かに絵里の言うことも一理ある。あたしももうちょっと心に余裕を持ったほうがいいかもしれない。
 そう思って手に持ったジュースを一口飲む。



「あっ!」

 しばらく絵里とそのまま話してたんだけど、絵里の短い言葉で会話は途切れた。
 なん? どうしたの?
 絵里はドタドタと立ち上がると、空き缶をゴミ箱に投げ入れる。

「ごめん、れーな! 絵里ちょっと用事があったんだ! またあとでねっ!!」
「えっ!? ちょ……絵里!?」

 あたしが何かを言う暇もなく、絵里はにこやかな笑顔を残して走り去っていった。
 ていうかそっちさくらの楽屋と逆方向なんですけど……。
 いったいどこでなんの用事があるわけ……?


「あれっ? 田中ちゃん?」

 絵里が去っていった方向を目で追ってたあたしは、急に後ろから聞こえた声に飛び上がる。
 今の声……まさか……。
 そーっと後ろをふり返る。
 目に入ってきたのはピンクの着物風の衣装と、愛しい人の満面の笑顔。

「こ、こ、こ、紺野さんっ!?」

 もしここに藤本さんがいたら「田中どもりすぎ〜」と笑ってツッコまれてただろうけど、その藤本さんは楽屋で(たぶん)松浦さんとドッキドキLOVEメール中。
 「れーなキャラちが〜う!」とからかってくる絵里もさっき走り去ってしまった。
 つまり……完全に紺野さんと二人きり……。

「やっぱり、田中ちゃんだ! となりいい?」
「あっ、はいっ! ど、どうぞ!!」

 ササッと席を空けると、紺野さんは自分用のジュースを買ってとなりに座った。
 会いたいと思っていたけど、いざ会えると何をしていいのかわからなくなる。
 そのままジーッと紺野さんのほうを見ていると、紺野さんもあたしの方を向いて目がばっちりあった。
 思わず目をそらす。照れ隠しと、あと上昇した体温を下げるために残っていたジュースを一気に流し込む。


「田中ちゃんも一人で暇つぶし?」
「あ〜、いや、さっきまでは絵里もいたんですけど、なんか気ぃ遣って帰っちゃって……」
「えっ? 気を遣ってって?」
「えっ!? あっ、いや、なんか急な用事ができたみたいです! 紺野さんも一人で暇つぶしデスカ!?」
「うん、一応愛ちゃんと里沙ちゃんと一緒に遊んでたんだけどさ〜、なんか私お邪魔虫みたいだったから席外したんだ〜」

 紺野さんもジュースを開けると、ゴクゴクッと飲み始める。
 ど、どうしよう……ていうかどうしたらよかと……?
 せっかく会えたのに……せっかく二人っきりなのに……
 頭が混乱してて何話したらいいのか、何したらいいのか全然わから〜ん!!

 結局あたしは横の紺野さんを見つめるだけ……。
 そうこうしているうちに紺野さんはジュースを飲み終わったみたいで、空き缶を持って立ち上がった。


「あっ、田中ちゃん、もう少しで収録始まるみたいだからさ、そろそろ楽屋戻ったほうがいいよ」
「えっ? もうそんな時間ですか?」

 時計を見てみると……ホントだ……。
 どうやら紺野さんを見つめてたあいだにずいぶんと時間が経ってしまっていたらしい……。

「それじゃね、田中ちゃん。またスタジオで〜!」
「あっ……」

 にこやかに笑って歩き出す紺野さん。
 あたしも思わず立ち上がる。
 せっかく会えたのに……せっかく二人っきりなのに……
 そんな言葉が頭の中をぐるぐると巡って……
 気付いたときには、あたしは紺野さんの袖を掴んでた。

「えっ? 田中ちゃん……?」
「……行かないでください……」
「……でも……」
「……もうちょっとだけ……れいなと一緒にいてください……」

 困らせるだけってわかっているのに、口から言葉が勝手に出てしまった。
 たぶん……いや、絶対あたしの顔は今真っ赤。
 まともに前を向けない……。
 袖を握る手に力がこもる。


「……わかった」
「えっ?」

 思わず顔を上げる。
 絶対に拒否されると思ってた言葉はあっさりとした「OK」の返事で……
 困ったような表情をしていると思った顔はにっこりと微笑んでいた。

 紺野さんはさっき座ってた椅子に腰を下ろす。
 あたしもいまいち状況を理解しきれないまま椅子に座った。

「田中ちゃんも案外甘えんぼなんだねぇ〜」
「えっ? あっ……いやっ……」

 紺野さんの優しくて柔らかい手があたしの髪をくすぐる……頭を撫でる……。
 ちょっと恥ずかしいけど……ちょっと嬉しい……。


「……甘えんぼな子はキライですか……?」
「別にキライじゃないよ? 可愛いと思うし」
「そうですか……よかった」
「田中ちゃんはいつもしっかりしてるけどさ、たまには甘えちゃってもいいんだよ?」
「そんなこと言うとホントに甘えちゃいますよ?」

 そっと体を傾け……
 頭を紺野さんの肩に乗っける。
 紺野さんは一瞬ビックリしたみたいだけど、少しすると同じように頭を寄せてくれた。


「紺野さん……もう少しだけこのままでいいですか?」
「フフッ、いいよ。でも収録が始まるまでだからね?」


 ずっとこのままでいたい、とか……
 時間が止まればいいのに、とか……
 収録の準備押さないかなぁ、とか……

 そういうこと思っちゃうあたしはやっぱり甘えんぼなのかもしれない。


 でも頬に感じる紺野さんの肩や……
 頭に感じる紺野さんの頬……
 時折あたしをくすぐる紺野さんの髪……
 紺野さんを造るすべての要素が温かくて優しくて……愛しい……。


 たまには甘えてみるのもいいな……。

 あっ、でもそれは紺野さん限定で!






あとがき

これはもう連載だな。まごうこと無き連載だ……。
つーかれなこんは書いてて楽しいです。
密かに亀井とのやりとりも書いてて楽しいです。
で、今回はちょっと甘えんぼな田中さん。
「甘えた」ではなく「甘えんぼ」。
大塚愛に影響されたわけじゃあ……
……ないとは言い切れない(ここまで浸透!?

从 ´ヮ`)<戻るけん!