「ねぇ、絵里……」
「ん〜、絵里は自分の分で精いっぱいだよ……」
「あっ、そっか……」
 さゆにあげるやつか……。

「ねぇ、さゆ……」
「はぁ……今日の私も可愛いなぁ……」
「……ダメだ、こりゃ……」
 絵里、頑張れ! 相手は強敵だぞ!

「藤本さん……は、やっぱいいです……」
「はぁっ!? なんでミキだけ!?」
「いや、だって……」
 そういうの作ってる画がまるっきし浮かんできませんし……。


「どーしよ、絵里。全滅……」
「う〜ん……あっ! それならさぁ!」
「えっ?」



「……ぁ、あの、紺野さん」
「ん? どうしたの、田中ちゃん?」
「紺野さんってお菓子とか作ったりします?」
「うん、たまに作るよ。食べる方が好きだけど」
「じゃあ……れいなにチョコの作り方教えてくださいっ!!」



  本命チョコレート



「ここだよ……って、そう言えばこの前来てくれたんだよね」
「あっ、はい、高橋さんに住所訊いて……」

 というわけでやってきちゃいました、紺野さんの家。
 2度目になるんだけど、ちゃんと紺野さんに招待されるのは初めて。
 この前お見舞いに来たことを思いだし、ついでにちょっと余計なことも思い出しちゃって顔が熱くなった。


「どうぞ! 入って」
「はい、おじゃまします」

 紺野さんに招かれて室内に入っていく。
 今さらなんだけど狭い(いや、狭くはないか……)空間に二人きりなんていう状況にドキドキしてしまう。

 とりあえず買ってきた材料をキッチンに置く。
 生クリーム、ココアパウダー、そして当然チョコレート。
 今日は2月13日。明日は女の子にとって大切な日。

 せっかくだから手作りチョコをあげたい! そしてあたしの気持ちを伝えたい!!……んだけどあたしは手作りチョコなんて作ったことなくて……。
 絵里もさゆも藤本さんもダメだったので、あたしは絵里にそそのかされて直接紺野さんに教えてもらうことにした。
 絵里は「『こけつにいらずんばこじをえず』ってゆーじゃん!」と、使い方があってるんだか間違ってるんだかよくわからない応援をしてくれたけど、あれは絶対楽しんでやがるな?

 でもまぁ、来ちゃったんだし……。それに紺野さんだって笑顔で引き受けてくれたし……。
 さっそく始めようと腕まくりをするけど、作り方を教えてくれる肝心の紺野さんがいつの間にかいなくなっていた。

「あれっ? 紺野さん?」
「田中ちゃん、ちょっと待ってて!」

 部屋の奥の方から紺野さんの声がする。
 言われたとおりおとなしく待っていると、少しして紺野さんが戻ってきた。
 その手に持っていたものは……

「はい、これ! 使っていいから」
「・・・・・・」

 紺野さんが差し出したそれを受け取り、広げてみてあたしはしばし硬直。
 紺野さんが手渡してくれたものは、フリフリの着いたピンク色の、可愛らしいエプロンだった。
 さゆや紺野さんなら似合うやろうけど……あたしはなんていうか……ガラじゃなか……。

「あの、紺野さん……これ……」
「んっ?」
「……お借りします……」

 突き返そうと思ったけど、紺野さんの目を見たとたん、なぜかあたしの手はテキパキとエプロンをつけ始める。
 でも……あたし今日も服黒なんですけど……。いや、ドクロも鬼も付いてないけど……。
 黒い服にピンクのエプロンって……どうなんやろか?
 つけ終わってからちらっと紺野さんのほうを見たけど……

「うん! 似合ってるよ、田中ちゃん!」
「そうですか……」

 そうでした。紺野さんも石川さんほどではないけどセンスが……
 まぁいいや。この際紺野さんによく思われればなんでもいいか。

「あっ、リボンとかつけたらもっと可愛いかも!」
「……そんなことより早くチョコの作り方を教えてください!」
「あっ、そうだった! じゃあ始めよっか!」

 前言撤回。よくないです!
 あたしは着せ替え人形じゃなか!!


 でも……こうちょっと天然なところもやっぱり……か、可愛い……。


「それじゃまずはチョコレートを包丁で細かく刻んで!」
「はいっ!」

 ようやくチョコ作りを再開する。
 今回作るのはトリュフ。オーソドックスだけど、なかなか手がこんでて、ちょっと手間がかかる。
 普段包丁なんて使わないから……メチャクチャぎこちないけど、なんとか固いチョコを刻んでいく。

「で、それが終わったら生クリームを沸騰するまで暖めて!」
「はいっ!」

 言われたとおりに生クリームをお鍋にあけてコンロにかける。
 しばらくすると湯気が出てきて、表面が泡立ってきた。

「うん、もういいよ。じゃあそれをチョコの中にあけて混ぜて!」
「はいっ!」

 紺野さんの指導のもとあたしは着々とチョコ作りを進めていく。
 なんだ、案外簡単やん。

「それじゃ30分くらい冷やすから、その間休憩しよ!」
「そうですね」

 作った生地を冷蔵庫に入れ、そこでようやく一息つく。
 二人でリビングに移動し、ソファに腰を下ろした。


「でもさぁ、田中ちゃん、なんで急にチョコなんか?」
「えっ? だって明日バレンタインデーじゃないですか」
「でもそれなら市販のチョコでもいいんじゃない? それとももしかして本命チョコ?」
「えっ!?」

 そんなさらりと見抜かないでくださいよ……。
 紺野さん……実は鋭いんですか……?

「それって……もしかして……」
「えっと……」
「亀井ちゃん? あっ、シゲさん?」
「・・・・・・」

 やっぱり紺野さんは鈍感でした……。
 いや、気付かれても困る……っていうかちょっと恥ずかしいんだけど……ちょっとだけ気付いて欲しかったっていうかなんていうか……。

「……違います……みんなに配ろうと思って……」
「あっ、そうなんだ! みんな喜ぶよ!」
「そうですね……それよりそろそろ時間じゃないですか?」
「あっ、ホントだ! じゃあ仕上げに移ろう!」


 少し固まった生地を丸く絞り出し、またちょっと固めてからココアパウダーをまぶせばトリュフの完成!
 ようやくできたトリュフを前に、あたしは大きく伸びをした。

「できた〜!!」
「よかったねぇ」
「ありがとうございます、紺野さんっ!」

 持ってきた袋にわけて、ラッピングを施す。
 そして1つだけちょっと多めに入れ、その袋を持ってキッチンの後かたづけをしている紺野さんのもとへ歩み寄る。



「あの……こ、紺野さんっ!」

 あっ、ヤバッ、緊張で声が裏返った……。

「んっ? なに?」
「……これっ!」

 袋を差し出す。心臓はバクバク言ってる。
 「一日早いですけど、本命チョコです! 紺野さんのことが好きなんです!!」
 何度も何度も頭の中で繰り返したセリフ。


「一日早いですけど……き、今日教えてくれたお礼です!」
「ほんとに? ありがと〜!!」

 ち〜が〜う〜!! そうじゃないだろ、田中れいなっ!!
 瞬間的に自己嫌悪に陥ったけど、紺野さんはチョコを笑顔で受け取ってくれた。


「食べてみていい、田中ちゃん?」
「どうぞ……って、あっ!」

 落ち込んだまま無意識に返事して、そこで気付いた。
 そういえばあたし……味見してなか……。
 慌てて紺野さんの方を向いたけど紺野さんは今まさにトリュフを口に入れる瞬間で……
 ……食べちゃった……。

「・・・・・・」
「あ、あの……どうですか?」

 この間が怖い。
 やっぱり不味かったんだろうか……?
 でも、紺野さんはニコッと笑って……

「おいしい! よくできてるよ、田中ちゃん!!」
「ほ、ほんとですか!?」 
「うんっ!」

 あたしの作ったトリュフをぱくぱくと食べてってる紺野さん。
 その笑顔はとても幸せそうで……
 作るより食べる方が好き、っていってたのは本当みたい。
 紺野さんの笑顔はなんだか見てるこっちも幸せになってしまう。


「それじゃ、そろそろれいな帰りますね。今日は本当にありがとうございました!」
「あっ! ちょっと待って、田中ちゃん!!」

 作った(というか結果的にできた、といったほうがいいかも……)トリュフをバッグに詰めて帰ろうとすると、紺野さんに呼び止められた。
 その呼び止めた紺野さんはまた部屋の奥でゴソゴソしている。
 玄関で待っていると紺野さんがパタパタと走ってきた。

「はい、これっ!」
「えっ!?」

 差し出された箱を見て固まってしまう。
 これって……もしかして……

「チョコレート?」
「うん! 明日渡そうと思ってたんだけど、今日渡しちゃうね! 田中ちゃんが一番だよ!」

 そんなことを言われるとカーッと顔が赤くなってしまう。
 照れ隠しに箱を受け取って中を見ると、そこにはチョコレートケーキが入っていた。

「えーと……一応、この前のお見舞いのお礼もこめて」
「ありがとうございます!!」
「うん、それじゃ、また明日ね! バイバーイ!」

 笑顔で手をふっている紺野さんに見送られて、あたしは紺野さんの家をあとにした。
 想いはちょっと伝えられなかったけれど、その代わりに紺野さんから一番にチョコをもらえたし。
 ま、今日はそれでよしとしようかな?


 翌日。

「れーな、どうだった?」
「どうだったって、あげたでしょ、余り物のトリュフ。ちゃんと作れたけん」
「そうじゃなくってさ、こ・く・は・く!」
「……できんかった……」
「なんだぁ……」

 あからさまに「つまんなーい」と言う顔をする絵里。
 やっぱり楽しんでやがったな、この娘!
 ムカツクから絵里の左ほっぺたを思いっきり引っぱる。

「もー、チョコ返せ!」
「やだー! だってけっこう美味しいんだもん!」
「けっこうは余計だー!!」

 気が済むまで引っぱってほっぺを離す。
 絵里は涙目でほっぺをさすっていた。


「でもさぁ、れーなのトリュフも美味しかったけどやっぱり紺野さんのトリュフのほうが美味しかったよね?」
「えっ? トリュフ?」
「うん。あれっ? れーなもらえなかったの? 義理チョコすら!?」

 今度は絵里のほっぺたを両方から引っぱりつつさゆのほうを見る。
 さゆも絵里があげたチョコの他に、あたしがあげたトリュフと、もう一つ、トリュフの入った袋を持っていた。


 えっ? も、もしかして……あのチョコレートケーキって……?






あとがき

あ〜、ちょっと大真面目にれなこんにはまったかも(マテ
つーわけで「おみまい」のあとのバレンタイン小説・れなこん風味。
あれっ? もしかしてまだ続きそう!?

从 ´ヮ`)<戻るけん!