「じゃあね、ミキティ。ごとーそろそろ帰るから」
「え〜? もう帰るの?」

 窓の外を見ると、辺りはそろそろ暗くなってきている。
 あたしは玄関に座り込んで靴を履くけど、ミキティがあたしの背中に話しかけてくる。

「もうちょっといれば? なんなら泊まってったっていいよ?」
「でも今日は紺野がウチに来ることになってるから」
「いいじゃん、紺ちゃんなんて」
「よくないよ、ごとーの彼女なんだし」

 靴を履き終わったので、その場に立ち上がる。

「……させてくれない彼女でしょ? ミキならごっちんが望めばいつでもさせてあげるのに」
「ごとーが望めば、でしょ?」
「そんなんじゃ欲求不満になるよ?」
「あはっ! なっちゃったらそん時はお願い。それじゃね、ミキティ!」
「うん、バイバイ!」

 そのままあたしはミキティのマンションをあとにした。
 外に出ると、薄暗い夜空に三日月が輝いていた。


 ミキティとこんな関係になったのはいつからだっけ?
 ちょっと思い出してみる。
 いや、『こんな関係』って言っても特に何かしたわけでもない。
 居心地がよくてよく一緒にいるだけ。
 たわいもないことを話したり、時々ミキティが抱きついてきたり。でもそれ以上はしてない。

 ちょっと前から紺野とのあいだに距離を感じるようになった。
 なんとなく……紺野があたしから離れて行ってるような気がして……。
 そんなときにミキティに声をかけられた。
 「なんか最近ごっちん悩んでるみたいだね?」って。
 表面には出さないようにしてたのに、ミキティには気づかれたみたい。

 そのままミキティの家まで行っていろいろと愚痴って、その流れでいろいろミキティと喋っていると、いつの間にか夜も遅くなってて、その日はミキティの家に泊まった。
 一つの布団にくるまって、一緒に眠った。

 変に気をはらなくていいし、お互い気を使わなくていい。
 そんな心地良さに惹かれて、あたしはたびたびミキティの家を訪ねるようになった。

 でもある日、いつもように雑談してると、急にミキティに抱きしめられた。
 呆然としているあたしの耳元でミキティは囁いた。
 「好き」……と、一言だけ……。


 あたしはいまだにこの告白に返事を返せないでいる。
 そしてあたしとミキティの関係も変わらないまま、ただあたしはミキティに甘えている……。



  君との距離



「……あの、後藤さん」
「んあっ?」
「……私と後藤さんの距離ってどれくらいなんですかね?」
「はぁ?」


 家に帰ると、約束の時間よりもまだ早いのに、紺野はウチに来ていて。
 そのままあたしの部屋でドラマを見てたんだけど、見終わると突然紺野がそんなことを聞いてきた。
 ドキッとして紺野の顔を見ると、いつものようなおっとりした目じゃなく、やけに鋭い目があたしのほうを見ている。

「あ〜、そうだねぇ〜、山手線で言うと……」
「そうじゃなくて……」

 ドラマのセリフでとぼけようと思ったけど、それは紺野がすぐに遮った。
 ふぅ〜、と一つ大きく息を吐く。

「距離って、そんなもん"0"に決まってるじゃん?」

 とりあえずは紺野が心配しないような答えを返し、紺野に近寄って抱きしめるけど、それでも紺野はまだ険しい表情をしていて。
 やがてキュッと結ばれていた唇が、ポツッと開いた。

「……そうでしょうか?」
「えっ?」

 体をグッと押されて、紺野から離れる。
 紺野の瞳には、深い悲しみが宿っていた。

「私は……後藤さんがすごく遠くに感じます」
「えっ? 紺野?」
「今日、帰ってくるまでどこに行ってたんですか?」
「あっ……」

 いつもは適当にごまかすところなんだけど、今日に限ってはなにも口から出てこなかった。
 紺野の目は、じっとあたしを見つめている。
 紺野も……気がついてたんだ……。感じていたんだ……。


「……ミキティの家に行ってた……」
「やっぱり……」
「でも、ミキティとは別に何も……」

 あたしが弁解する前に紺野は立ち上がった。
 そして……

「えっ? ちょ、紺野っ!?」

 紺野はいきなり服を脱ぎ始めた。
 上着を次々と脱いで、放り投げていく。
 スカートも脚を滑って床に落ちた。
 紺野が下着姿になるまでそのまま呆然と見てたけど、紺野の手が背中側にまわったので、慌てて立ち上がり、紺野の手を押さえつける。

「紺野ッ、何してんのよっ!?」

 覗き込んだ紺野の顔は真っ赤に染まっていたけど……
 その目からは大粒の涙が溢れていた。


「こ、紺野……?」
「私は……後藤さんのことが大好きです!」
「えっ……?」
「ちょ、ちょっと怖いけど……後藤さんが本当に望むなら……私……ぜ、全部後藤さんにあげます」
「・・・・・・」
「だから……私だけを見てください……。私の側にいてください……」

 あぁ、そうか……ようやくわかった……。
 あたしはなんてバカだったんだろう……。
 あたしの軽率な行動で、どれだけ紺野を追いつめてるか、あたしは気づいていなかった。

 屈んで床に落ちていた上着を拾うと紺野に羽織らせる。
 そして上着越しに紺野を抱きしめた。


「ごめんね、紺野」
「後藤さん……」

 距離を感じたのは、あたしが離れていってしまっていたから。
 紺野を待たずに、一人で先に進んで行ってしまっていたから。


「ごとーちゃんと待ってるから。紺野がちゃんと受け入れられるようになるまで待ってるからさ」
「で、でも……」
「こんな形で紺野のこと抱いても絶対いい想い出にならないしさ。ごとーも……紺野のこと大好きだから、何よりも大切だから……」
「後藤さん……」

 涙を拭ってやり、そっと一回口付ける。

「だからさ、服着て! ちょっと……ごとー的にも理性ギリギリだから……」
「えっ? あっ、は、はいっ!!」

 紺野の体を解放すると、紺野は急に恥ずかしくなったのかさらに真っ赤になる。
 自分で脱いだんじゃんか、と思いつつも後ろを向いて待っていると、紺野が慌てて服を着ている気配がする。
 ちょっと惜しかったかな? いやいや……
 そんなことを考えていると、不意に背中に紺野の体温が張り付いた。

 前にまわされた手にそっと自分の手を重ねる。
 紺野のぬくもりとあたしのぬくもり。二つのぬくもりが溶けあって一つになっていく。


「もう……離れないでください……」
「うん……」



 離れてしまったのなら……もう一度戻ればいい。
 もう一度"0"に戻せばいい。


 そして今度は、手を繋いで一緒に進んでいけば……

 君との距離が開くことは二度とない……。


「……っつーわけだからさ」
「そっか、よかったね、ちゃんと元に戻れたんだ」

 翌日、あたしはまたもミキティの家に来ていた。
 でも今までみたいにミキティに甘えるためじゃなく、ちゃんとけじめをつけるために。
 付き合ってもないのに変だけど、別れ話をしに。

「だから……ごめん、ミキティの気持ちには応えられない」
「そっか。あ〜あ、ミキフラれちゃった〜!」

 そう言ってミキティはベッドの上にダイブした。
 あたしもベッドの縁に腰掛ける。

「けっこうミキは本気だったんだよ? しかも最近はちょっと期待してたのに……」
「ごめんね、ミキティ」
「曖昧な態度で中途半端に期待持たせるのが一番傷つくんだよ?」
「わかってるよ。ホントに……ごめんなさい……」
「ま、しょうがないんだけど、そのかわり……」

 ミキティは起きあがると、あたしの眼前に右拳を突き付けた。

「一発だけ……殴っていい?」
「えっ!?」
「それでごっちんのことはキレイさっぱり忘れるから」

 あたしたちはたっぷり3分くらいそのままで見つめ合っていた。
 ミキティは、顔は笑っているけど目は真剣で。
 あたしとしても散々ミキティのこと利用しちゃったんだし、そのくらいの罰は受けるべきだと思う。
 観念してそっと右頬を差し出す。

「……できればグーはやめてパーにして欲しいんだけど……」
「わかった」
「あとなるべく跡が残んないように……」
「それはちょっと保証できないかも……」

 頬にミキティの平手がピタッと当たる。
 思わず目を瞑ったけど、その瞬間、なぜか左頬にもミキティの手が触れた。

「えっ?……んっ!」

 グイッと引っぱられて目を開けると、ミキティの顔が眼前に迫っていて。
 一瞬だけ唇が重なったあと、すぐに解放された。


「ちょ、ミキティ!?」
「これで許してあげる!」
「なっ……」
「紺ちゃんと幸せにね!」

 離れて見たミキティの顔は花が咲いたような笑顔だった。
 ミキティがベッドから立ち上がり、あたしの手を取ってあたしも立たせてくれる。

「ほら、用が済んだらさっさと帰らないと。紺ちゃんにばれちゃうよ?」
「いや、ちゃんと紺野には『ミキティんチに寄ってくる』って言ってあるし」
「それならなおさらさっさと帰って安心させてあげなきゃ」
「あっ、うん……」

 ミキティに促されて、ミキティの家をあとにする。
 靴を履き、扉を開けて、外に出る。
 そして玄関を隔てて、ミキティと向き合った。

「……ありがとね、ミキティ!」
「どういたしまして!」

 一言だけ言葉を交わして扉を閉める。
 もうそれだけで十分だった。
 ミキティは最後まで笑顔で、優しくあたしを見送ってくれた。
 そしてあたしはようやく、今日も紺野が来ているであろう我が家への帰路についた。



 ありがとう……。

 本当にありがとうね……ミキティ!






あとがき

某T瀬様に『ごまみきの先導者』と言わしめた後紺祭り三作目。
どうせだからもうちょっとごまみき率アップ!(マテ
それにしても紺野……大胆ですねぇ(爆
さて、紺野とごっちんが見てたドラマはなんでしょう?
1/5くらいの人はわかるかも……?

川o・-・)ノ<戻ります。