「なっち〜! こっちだよ〜!!」
「待ってよ、ごっち〜ん!」
「こっち、こっち!……キャッ!!」
「! ごっちんっ!?」

「ちょ、ごっちん!? どこにいるの!? 大丈夫っ!?」
「大丈夫だよ〜! それよりなっち、こっち来てよ!!」
「えぇっ!? こっちってどっち!?」
「こっち! いいからそのまま来て!!」

「うわ……」
「すっごーい! こんなところがあったんだね!」
「ホント……いっつもこの森で遊んでたのに気づかなかったねぇ」

「ねぇなっち、ここさぁ、ごとーとなっちだけの秘密基地にしようよ!」
「ひみつきち?」
「うん! 誰にも教えちゃダメだかんね!」
「わかった!」



  Little Eden



「姫様〜! どこへ行かれたのですか〜!?」
 ハロモニランドのお城の中、赤い絨毯の敷かれた廊下を私は走り抜けていく。
 そして部屋という部屋の扉を開けた。

 なぜそんなことをしているかというと、ごっちん……姫様が恒例のネタ披露の時間になっても現れないのだ。
 それどころか部屋にもいなくて、城内をざっと探してみても見つからない。
 とりあえずキノコ2人(でいいのかなぁ?)を待たせておいて、本格的に城の中を詮索し始めた。
 今頃あいつらはホップ・ステップ・スキンシップの真っ最中だろうなぁ……。


 しかし探しても探してもごっちんはいっこうに見つからない。
 今までもたまにごっちんがいなくなるときがあったけど、いつもちゃんと予定には支障がないように戻ってきてたのに……。
 城の兵士たちに聞いても誰も見てないとのこと。
「ふぅ……」
 無意識のうちに溜め息が零れた。

 近頃ごっちんはまったく笑ってくれなくなった。
 なぜだかわからないけどキノコたちがネタを披露しているときもずーっと俯いたまま。
 その対策に加えて、他にもいろいろな仕事が私に舞い込んできてただでさえ大変なのに……。


 いったん自室に帰って考える。ごっちんのいそうな場所……。
 こんなに城の中を探しても見つからないってことは……城外?
 でも城外でごっちんの行きそうな場所なんて……


「あっ……」

 一つだけ思い当たった。小さい頃、ごっちんと一緒によく遊んでた、城の裏手に広がる森。
 その中で見つけた、私たちだけの『秘密基地』。
 もしかしたらごっちんはそこに?

 なんの確証もない。でも私は城から出て、昔の記憶をたどりながら森へと向かった。


 城の裏手に広がる森は深くて暗い。
 遊歩道が一応あるけど、それも背の高い木と深い草に囲まれている。
 それでも小さい頃は、好奇心に胸を弾ませて、一日中森の中でごっちんと遊んでいたっけ。

 遊歩道に沿って歩いていく。まるで天然の立体迷路の中にいるように感じる。
 まわりの景色を見ながら歩いていくけど、ある一点にさしかかったところで私の記憶が足に止まれと命じた。

「ここだ……」

 そこは一見何もかわらない遊歩道の途中。
 ただ道が左に曲がっているだけ。目の前には背の高い草の壁が広がっている。
 でも、実は目の前の一点だけ、通り抜けられるくらい薄く、向こう側に道が続いているのだ。


 幼い頃、ここでごっちんと追いかけっこをしていたとき、ごっちんが木の根につまずき、勢い余って突っこんだ。
 いきなり消えてしまったごっちんに私はとても焦ったけど、そのあとで草むらの向こうからごっちんの声が聞こえてきた。
 誘われるままに草の壁をくぐると、そこには新しい道……と言うよりは草木で覆われたトンネルが続いていた。

 そのまま二人で奥へと歩いていくと突然視界が開けた。
 その先には湧き出る泉と、森の一部を切りとったかのように、ポッカリとした小さな野原が広がっていた。


  ―― ねぇなっち、ここさぁ、ごとーとなっちだけの秘密基地にしようよ!
  ―― ひみつきち?
  ―― うん! 誰にも教えちゃダメだかんね!
  ―― わかった!

 懐かしいやりとりが聞こえてきたような気がした。
 私たちの思い出の場所。私たちだけの秘密基地。

 きっとごっちんはそこにいる。


 ガサッと草の壁をつっきる。
 そして道なりに歩いていくと、草木のトンネルが終わり、視界が晴れる。
 秘密基地にたどり着いた。しかしその時私の目に飛び込んできたものは……

 数年ぶりに訪れた私たちの秘密基地は、昔とはガラリと風景を変えていた。


「うぁ……」
 あまりの光景に言葉を失う。
 湧き出す泉は同じ。でも今は泉を取り囲むように咲き誇っている、花…花…花……。
 圧倒的な色彩が目に眩しい。
 甘い香りが辺りに充満している。

 そして私は咲き乱れている花々の中に座り込んでいる
 若草を思わせるような薄緑色のドレスを見つけた。


「姫様」
「あっ……なっち……」

 私が声をかけるとごっちんはビクッとしてこっちをふり返った。
 その手には摘み取ったのであろう赤い花が握られている。

「まったく、いなくなったと思ったらこんなところまで……。一体ここで何をしていたんですか?」
「……ごめんなさい、なっち……」
「姫、質問に答えて下さい。一体ここで何を」

 私の言葉が言い終わらないうちに、ごっちんは手に持っていた花を私の方に差し出した。
 えっ……? 私に……?
「くれるのですか……?」
 ごっちんはこくりと頷いた。

 私はそっと花を受け取った。赤い、アネモネの花。


「なっち最近忙しそうで疲れてたみたいだから……だから少しでも元気づけてあげたくて……」
 ごっちんがポツリと呟いた。

「べ、別に疲れてない……」
「でも……最近全然笑ってくれない……」
「あっ……」

 思い返せばそうだった。
 私はごっちんを笑わせようとしていたのに……
 気づけば自分で全然笑えてなかった。

「なっち……無理しすぎないで……心配だよ、ごとーは……」

 あぁ……ようやくわかった……
 私はなんてバカだったんだろう……。

 手にしたアネモネから漂ってくる芳香。
 それは私の身体から優しく疲れを取り除いて消えていった気がした。


「ありがとうね…ごっちん……」
「あっ、やっと笑ってくれた!」

 そう言うごっちんの顔も笑顔になっている。
 それはまさに花が咲いたような笑顔。


 あなたが笑えなかったのは……

 私自身が笑っていなかったから……


「そろそろ帰ろっか、ごっちん」
「え〜、まだいいじゃん! ゆっくりしてこーよ!」
「えっ? キャッ!」

 ごっちんに引っぱられてバランスを崩した私は、そのまま花の中へと倒れ込んだ。
 ごっちんも私のとなりに寝ころぶと、そっと腕を絡めてきた。
 まぁ、いいか……私もたまにはゆっくりしないとね……。

「なっち、キレイになったでしょ、ごとーたちの『秘密基地』」
「そうだね……あの頃は花なんて咲いてなかったのに……」
「フフ、だってこの花ごとーが植えたんだもん」
「えっ!?」
「種、撒いた、花の」
 てことは時々城から消えてたのはここで花を育ててたの?
 ごっちんは得意げにニコッと笑った。

「いつかなっちに見せたかったんだ……ビックリさせたかった」
「ビックリしたよ、もぅ……」


 私たちの秘密基地は
 私が知らないあいだに魔法の花園になっていた。
 そこに来ればどんな人でも笑顔に変えてしまう。
 でも……それは二人だけの小さなエデン。



「ねぇ、なっち」
「んっ?」
「アネモネの花言葉って知ってる?」
「花言葉?」
 手に持ったままのアネモネを持ち上げて見つめる。

「さぁ、知らない」
「あのね、アネモネの花言葉は……」
 ごっちんが口を私の耳元によせて囁く。

「――――――」


「……ぇえっ!?」
 聞いた瞬間耳が赤くなった。




"あなたを愛してます。"







あとがき

「笑。萌」の姫。聖誕祭に出したなちごまならぬ姫。×執事短編。
けっこう苦労しました。「笑わん姫。」だと玉座しか出てこないため、なかなか話が広げられなくて……。
時代背景すらわからないしねぇ……。まぁ、それは自分でアレンジしちまったんですが。
心残りはキノコをほとんど出せなかったこと……。

(●´ー`●)<戻りましょう。