2006年4月28日。
 その日はあたしにとって決して忘れられない日となった。



  eternity



 その日の仕事を終えたあたしは、テレビ局の休憩スペースでジュースを飲んでいた。
 仕事は全部片づけたのに、なぜだか解散にはならなくて。
 ついでにポンちゃんはマネージャーさんに呼ばれてどこかへ行ってしまったので、しょうがないから一人で。
 ていうかいったいどこに行ったんだろう? そういえばまこっちゃんも一緒だったような?

「あっ、れーな、いた〜!」
「ほんとだ、れいな〜!」

 するとそこに絵里とさゆがやってきた。
 しかも何やら慌てた様子で。

「どうしたと?」
「ん〜、なんかね、集合だって」
「集合?」

 とりあえず残ってたジュースを一気に口の中に流し込み、空き缶をゴミ箱に捨てる。
 そして座っていた椅子から立ち上がった。

「仕事も終わったのに集まって何すると?」
「わからないの。集合って事だけ伝えられたの」
「ふ〜ん」

 何かしっくり来ないけど、とりあえずは集まらなきゃいけないみたい。
 あたしは楽屋に向かって歩き出す。

「れーな、何だと思う?」
「ん〜、まさか8期オーディションとか?」
「あ〜、ありそう!」

 そんな冗談を言い合いながら、あたしたちは楽屋まで歩いていった。
 楽屋にはもうほとんどのメンバーがそろっていて、あたしたち3人が入って少しした後にポンちゃんとまこっちゃんが入ってきた。
 そしてその場で告げられたことは、予想だにしていなかったことだった……。


「あさ美ちゃん、麻琴ーっ!」
「うぅ、嫌だよーっ!!」

 愛ちゃんとガキさんがポンちゃんとまこっちゃんに抱きついて泣いている。
 ポンちゃんとまこっちゃんも泣いている。
 あたしのとなりにいる絵里やさゆも目に涙を浮かべていた。

 でもあたしは泣けなかった。
 まだ頭が上手く認識できていない。いや、認識しようとしない。

 卒業? 大学受験? 7月……?
 意味のわからない単語のように、頭の中でぐるぐる巡る。

「れーな……」
「れいな……」

 あたしのことを気遣ってか絵里とさゆが声を掛けてくれたけど、あたしは反応することができなかった。
 そして今日はこれで解散になった。
 一人、また一人とポンちゃんとまこっちゃんに声を掛けて楽屋を出ていく。
 でもあたしは最後まで動けなかった。
 ポンちゃんがそっとあたしの手を引っぱってくれるまで、ずっと立ちつくしていた。


「嘘ですよね、ポンちゃん……?」

 そのままつれてこられたポンちゃんの家、ポンちゃんの部屋。
 そこでようやくあたしは言葉を発した。
 でも、どうしても受け入れられなくて……

「ホントだよ……」

 ポンちゃんは少し悲しそうに、でもしっかりとあたしの願望を否定した。
 ポンちゃんに面と向かって言われて、あたしはようやく現実を思い知る。

「大学受験って……東京には残るんですよね……?」

 ポンちゃんはゆっくりと首を横に振った。

「地元に、戻る」

 えっ……?
 ポンちゃんの地元って……北海道……?
 だって、それじゃあ……

「どうして……どうしてですかぁ!」

 我慢していた涙が一気に込み上げてきた。
 あたしはポンちゃんに飛びついた。

「別に引退しなくても大学行けるじゃないですか! それに東京の大学だっていいじゃないですか!!」

 無理を言ってることは自分でもわかってる。
 それでも、無理でも言わなきゃ……

 ポンちゃんが……いなくなっちゃう……。

「れいな……」

 ポンちゃんは優しくあたしを撫でてくれたけど、やがてあたしの顔をグイッと上げた。
 あたしの目に映ったポンちゃんの瞳は、見たことないような力強い光が宿っていた。
 でもそれはあまりにまぶしすぎて見ていられなかった。

「れいな、わかって。私には夢があって、夢を叶えるためには大学に行く必要があるの」
「わかりません! だって、そしたらもう簡単には会えないんですよ!? そんなのポンちゃんは耐えられるんですか!?」
「私だって離れるのは辛いよ。でも、耐えなくちゃ……」
「れいなはポンちゃんがいればあとは何もいりません! でもポンちゃんは違うんですか!? ポンちゃんはそんなにれいなのこと好きじゃ……!」
「れいな!!」

 ポンちゃんの怒鳴り声が私を止めた。
 その一瞬であたしはポンちゃんに力強く抱きしめられていて。
 そのまま唇が重なった。

 ポンちゃんからの強引なキスなんて初めて……。
 でもそれは味わったことないような悲しい味がした。
 やがて、ゆっくりと唇が離れる。

「れいなのこと大好きよ。愛してるわ。こんなにも誰かを好きになったこと、今までなかった」
「それなら……」
「でも、ごめんなさい。もう……決めたの……」

 悲しい瞳であたしを見ながら告げるポンちゃん。
 それを見て、あたしはわかってしまった。
 もう、この決意は変えられないことに……。

 だってほら、こんなふうに触れあっているのに、
 目の前のあなたは、こんなにも遠く見える……。

「うっ……!」

 残っている涙が溢れる前に、あたしはポンちゃんの腕を振りほどいた。

「あっ、待って、れいな!!」

 ポンちゃんの静止の言葉も聞かず、
 あたしはポンちゃんの家から飛び出した。

 ポンちゃんのそばにいるのが辛くて、
 ポンちゃんの声を聞くのが苦しくて、
 夜の街に、逃げ出した……。


 4月はすぐに5月に移り行き、気温もだんだんと暖かくなってきた。
 どんな時だろうと時間は流れ、とうとう今日はツアーのファイナル。そしてポンちゃんの誕生日……。
 あたしは上手く笑えていただろうか? ちょっと自信がない……。


 そして6月になった。
 ポンちゃんの卒業が迫ってくる。
 あたしはポンちゃんの家を飛び出した時から、ほとんどポンちゃんと話していない。
 こんなに話さないのは付き合ってから、いや、モーニング娘。に入ってから初めてかも……。

 会いたい……。
 でも、会えない……。

 会って何をすればいいのかわからない……。
 会って何をしちゃうかわからない……。

 今日ポンちゃんは全体での仕事が終わったあと、フットサルに行ってしまって。
 あたしはあてもなくテレビ局内を歩き続ける。

「あれ、れいな?」

 ボーっと歩いていると、急に呼び止められた。
 ハッと顔を上げてみると、そこにいたのは……

「あっ、後藤さん……」
「同じテレビ局で仕事だったんだぁ! 奇遇だねぇ!」

 後藤さんは微笑みながら近寄ってくる。
 あたしも曖昧に笑みを返したけど……。

「ん〜、何か元気ないみたいね?」
「えっ!?」
「もしかして、紺野とケンカでもした?」

 すぐに気付いてしまうなんて、やっぱり後藤さんってすごい……。
 隠すこともできないようで、あたしは無言で頷いた。

「そっかぁ……れいなももう仕事終わったんだよね?」
「えっ?……はい、一応」

 急に話が飛んだので、あたしは狼狽えながらも一応答える。
 後藤さんはそれを聞いてにっこりと笑った。

「そっかそっか、それならちょっとごとーに付き合って!」
「へ!?」

 あたしの返事を聞く前に、後藤さんはあたしの手を取り歩き始めた。
 あたしは後藤さんに引っぱられるまま。

「ちょ、後藤さん、いったいどこに行くんですか!?」
「ん〜、とりあえずごとーの家」
「そこで何するんですか!?」
「え〜? まぁ、わかりやすく言えば浮気?」
「はぁっ!?」
「失恋の傷跡ごとーが癒してあげるからさぁ! 幸いミキティはフットサルの練習行ってるし!」
「ま、まだ別れたわけじゃ……」

 後藤さんはあたしの話なんか聞かず、ズンズンとテレビ局の出口まで歩いていく。
 そしてタクシーに無理矢理詰め込まれ、着いたのは本当に後藤さんの家。
 後藤さんの勢いは止まらずに、そのままあたしは後藤さんの部屋に連れ込まれた。

「さてと……」
「ちょ、ちょっと、後藤さん!?」

 部屋に入るなり後藤さんはいきなり上着を脱ぎだして。
 部屋の隅に追いつめられたあたしに迫ってくる。

「ちょ、後藤さん、本気ですか!?」
「ん〜ん、ホンキじゃなくてウワキ! 大丈夫だって、一回くらい」
「そういう意味じゃなくて!」

 後藤さんの方に伸ばした手は簡単に掴まれて壁に押しつけられる。
 そして後藤さんの顔が近づいてくる。

「大丈夫、ちゃんと優しくするから。最初はね」
「はあっ!」

 耳に息を吹きかけられて、思わず身体がビクッと反応する。
 後藤さんの顔がさらに迫ってきて、唇が近づく。

 あぁっ、ダメ……
 だって……
 だって、あたしは……

「れいなはポンちゃんがいるからダメですーっ!!」


 すると後藤さんは、今度は優しく笑って……

「よかった、まだ紺野のことは好きみたいだね?」
「えっ……?」

 そして後藤さんはすっとあたしから離れた。
 えっ……と?
 もしかしてあたし……はめられた……?

「後藤さん……」
「アハハ、まぁまぁ、そんな睨まずに」

 ようやく部屋の隅から解放され、あたしは部屋の中央に置かれたテーブルにつく。
 後藤さんもあたしのとなりに座った。

「実はね、ちょっとミキティに頼まれてたの」
「えっ、藤本さん?」
「うん。れいながなんか悩んでるみたいだから、よかったら相談に乗ってあげてって」

 藤本さん……。
 何も言わなかったけどしっかりとあたしのことを見ていてくれたんだ……。

「というわけで、何か相談あるんなら乗るけど?」

 軽く言う後藤さんは、それでもすごく深い色の瞳をしていて。
 だからあたしは後藤さんと藤本さんの好意に甘えることにした。
 そしてポンちゃんの卒業発表の日から今までの出来事と、今の胸の内をすべて後藤さんに話した。


「なるほどねぇ……」

 話を聞き終わると、後藤さんは一回深く頷いた。
 でも、またすぐあたしに向き直って。

「で、れいなはどうしたいの?」
「えっ……?」

 どうしたいの、って……。
 あたしは、ポンちゃんと……
 どうしたいんだろう……?

「だって、もうそんなに時間ないでしょ? 何もしなかったらこのままお別れだよ? それでもいいの?」
「嫌ですっ!」

 あたしは思わず叫んでしまった。
 すると後藤さんはそんなあたしを優しく見つめ、そっと頭を撫でてくれた。

「それなら行動起こさなきゃダメじゃない。落ち込んで、逃げ回ってるだけじゃ紺野の気持ち変えることも、仲直りすることもできないでしょ?」
「・・・・・・」

 そうだ、あたしは逃げてたんだ……。
 ポンちゃんから、現実から、全てから……。

「ちゃんと自分の気持ちを整理して、しっかり紺野と向き合ってごらん? そうすりゃきっと上手くいくよ! お互い好き合ってる同士でしょ?」
「はい……」
「ま、上手くいかなかったときは、今度こそホントにごとーが慰めてあげるから!」
「うわっ!?」

 一瞬の間に、あたしは後藤さんに抱きしめられていた。
 あ〜もぅ、この人は!! せっかく良いこと言ってたのに、最後になって!!

「ご、後藤さん、あんまりふざけると藤本さんに言いつけますよ!!」
「ん〜? それじゃ仕方ない。共犯者にして口止めしなきゃいけないかな?」
「いやー! ちょっと、本気で待って!!」

 ジタバタもがいて、あたしはなんとか後藤さんの魔の手から逃れる。
 ここにこれ以上いるのはきっとヤバイ!
 用件も済んだし、あたしは急いで変える準備を整える。

「ご、後藤さん、れいなもう帰りますから!!」
「え〜、泊まってけば?」
「け、けっこうです! 今日はありがとうございました!!」
「ん〜、残念。それじゃ、またね〜!」

 後藤さんに手を振り返す余裕もなく、
 あたしは急いで後藤さんの家を飛び出した。


 時間は流れ、7月になった。
 ポンちゃんが卒業してしまうまで、もう何日もない。
 最後を飾るコンサートも始まり、あたしたちはよりいっそう忙しくなる。

 そんな中、あたしは時間を見つけてはいろいろと考えていた。
 いろいろと悩んでいた。
 真剣にポンちゃんのことを……。

 そしてもらえた休みの日。
 あたしは久しぶりにポンちゃんの家を訪ねた。
 思えばあの逃げ出してしまった日から一度も来ていない……。
 懐かしいと感じるくらい時間が空いてしまった……。

 ポンちゃんはあたしと会ってくれるだろうか……?
 あれからずっとポンちゃんを避けてしまって、もう愛想を尽かされてしまったかもしれない……。
 でも、もう逃げないって決めた。
 だからあたしは意を決して呼び鈴を押した。

『はいっ、どちら様ですか?』

 インターホンから聞こえてくる愛しい人の声。
 それだけでなんか涙が溢れそうになる。

「ポンちゃん、あの、れいなです……」
『えっ、れいな!?』
「あの……」

 でも言葉を続ける前に、インターホンはブツッと途切れた。
 えっ……もしかして拒絶された……?
 危うく目の前が真っ暗になりかけたけど、その前に家の中からバタバタとした音が聞こえてきて。
 目の前の扉がバタンと開いた。

「れいなっ!!」
「えっ、ポンちゃ……!?」

 そして扉からポンちゃんが飛び出してきた。
 次の瞬間、あたしはポンちゃんに抱きしめられていた。

「ポンちゃ……んっ!?」

 身体が離れたけど、今度はすぐに唇が重なる。
 嬉しい。けど、ここはちょっとマズイ……!
 なんとか身体を離し、ポンちゃんの家の中に入ってもう一度唇を合わせる。

「れいな、よかった……。もう私たち、このまま終わりになっちゃうのかと……」
「ポンちゃん、ごめんなさい……」

 ポンちゃんの瞳が潤んでいる。
 それが滲んで見えるってことは、あたしの瞳も潤んでるってことで。
 今度はあたしから唇を求める。
 そしてあたしたちは今までの時間を取り戻すように、何回も何回もキスを重ねた。

「会わなかったあいだ、ずっとポンちゃんのことばっかり考えてました……」
「私も……ずっとれいなのことばっかり想ってた……」

 玄関からリビングへと移動する。
 ソファに腰掛け、隣に座ったポンちゃんにもたれる。

「ポンちゃん……」

 手を重ね、指を絡める。
 泣き出しそうになるけど、なんとか我慢……。

「ポンちゃん、れいな……」

 見上げるとそこにはポンちゃんの優しい微笑みがあって。
 涙が今にもこぼれ落ちそうになる。

「ポンちゃんの夢、応援しますからっ!!」

 精いっぱい強がろうとしたけど、やっぱりできなかった。
 あたしはポンちゃんの胸に飛び込んで、思いっ切り泣いた。
 決心したこととはいえ、やっぱり辛く、苦しい……。

「ありがとう、れいな……」

 ポンちゃんの腕に力がこもった。
 頬にポタッと零れた雫で、ポンちゃんも泣いているとわかる。
 あたしたちは泣きながらお互い抱きしめ合った。

 ホントはポンちゃんと離れたくなんてない。
 でも、それはきっとあたしのワガママで。
 そんなことを言っても、ポンちゃんを困らせるだけだから。
 それならあたしは精いっぱいポンちゃんを送りたい。
 ポンちゃんが胸を張って旅立てるように。

 でも、今だけは……
 この胸の中で甘えさせていて……。


「れいな、私が夢を叶えたら、必ずれいなを迎えに行くから……」
「そんなのダメです。その前にれいなが今よりもっと大きくなってポンちゃんを迎えに行きますから!」
「フフッ、じゃあ競争だ」
「競争、ですね」

 あたしたちは泣きながら笑いあった。
 そしてもう一度口づけをした。


 その日はずっとポンちゃんと一緒に過ごした。
 今までの時間を取り戻すように。そして、これからの時間の分も先に使ってしまうかのように。
 抱きしめ合って、キスをして、求め合って……。
 一日はあっという間に過ぎ、もうすぐ日付が変わる。

「すぅ〜……」

 あたしは隣で可愛い寝息をたてているポンちゃんを眺める。
 そしてその柔らかい唇をそっと指でなぞってみた。

「ポンちゃん、愛してますよ、いつまでも……」

 なぞるだけじゃ足りなくて、軽く唇を重ねる。
 そしてポンちゃんに抱きついて、あたしも瞳を閉じた。

 あたしたちはお互い違う道を選んで歩き出す。
 これからは2人違う場所で、違う世界を生きていくことになる。
 でもあたしはポンちゃんとこんなにも深く愛し合えたことを絶対忘れない。

 そう、永遠に……。


 そして7月23日。ポンちゃんの卒業の日。
 泣かないと決めていたのに、どうしても涙がこぼれ落ちてしまう。

「ポンちゃんは……食べるときにすごい幸せそうな顔してて……すごい大好きだったんですよ……その、幸せそうな顔が……」

 最後の想いを伝え、力強く抱きしめ合う。
 ポンちゃんの胸の中で、あたしはなんとか笑顔を作る。
 涙でグシャグシャでもいい、最後は最高の笑顔でポンちゃんを送るんだ。


 ポンちゃん、卒業おめでとう!!






あとがき

紺ちゃん卒業小説ということで、れなこんの完結編です。
ずいぶんと長くなりましたが、なんとかまとめられました。
また相変わらずごっちんが出てきて、ちょっとしたれなごまが混ざりましたが(笑

もとはshelaの「eternity」という曲です。
この曲は本当に大好きで、聞いたときに「これだ!」と思いました。

紺ちゃん、卒業おめでとう!!

从 ´ヮ`)<戻るけん!