「お疲れ様でした〜、安倍さん!」
「あっ、お疲れ様、亜弥ちゃん!」
ライブが終わり、舞台裏に帰ってくると、先に戻った亜弥ちゃんが声をかけてきた。
返事をしつつスタッフさんからタオルを受け取って汗を拭う。
ついでだからもう一枚タオルを受け取って、あとから来る人を待つ。
その人はすぐに私の元に駆けよってきた。
「おつかれさま〜、なっち!」
「おつかれさま、ごっちん。はい、タオル」
「んぁ、ありがと〜!」
ごっちんにタオルを差し出すと、ごっちんは笑顔で受け取って汗を拭う。
ちょっと懐かしく感じる自分がいる。
二人ともモーニング娘。だったときはよくしてたっけ。
私たちは今日お台場にいる。
そしてたった今、ライブを終えてきたばかり。
君の一番に……
「ふう……あっつー……」
楽屋に戻ってきてようやく一息つく。
緊張した〜。ちょっと歌間違えちゃったよ……。
今日の出来を反省していると、急に楽屋のドアがノックされた。
もしかして……
「ごっちん?」
「正解〜!」
ドアをちょっと開けて顔を出すと、そこにはごっちんが満面の笑顔で立っていた。
驚いたことにこの短時間ですでに私服に着替えている。
ごっちんはそのまま私の楽屋へと入ってきた。
「おつかれ、なっち〜! それにしても、暑かったねぇ〜」
「うん、本当」
「曇ってたらもうちょっと暑さも和らいだかもしれないのにさ〜!」
「無理だべさ。だってごっちん晴れ女っしょ?」
「あ〜、それもそうか」
ごっちんはニャハッと、柔らかく笑う。
でも私のほうを見ると、キョトンとした表情になった。
「なっちまだ着替えてないの? 早く着替えれば? 汗かいて気持ち悪くない?」
「あっ、う、うん、じゃあ着替えるからあっち向いてて!」
「え〜? いいじゃん、いっつも見てるんだし!」
「ひゃっ!?」
私もごっちんに背中を向けて着替えようとしたけど、すぐにごっちんがピタッと背中に張り付いてくる。
ちょっと、これじゃよけい暑いじゃんか〜!!
「ごっちん、暑いべさ! 離れてよ〜!」
「んふっ、もうちょっとだけ! ねぇ、なっち、このあともう仕事ないよね?」
「うん、ないけど……?」
抱きしめられた格好のまま、耳元で囁かれる。
吐息が首筋にかかってちょっとくすぐったいんだけど、なんとか耐えて答える。
「それじゃあさ、せっかくお台場に来てるんだし、デートしない?」
「デート!? でも見つかったら大騒ぎになっちゃうべさ!」
「へーきへーき! 帽子でもかぶっとけばばれないって!」
ようやくごっちんが離れたと思ったら、頭に帽子がバフッとかぶせられた。
つばが深く、うまく顔を隠してくれる。
ごっちんの方を見ると、ごっちんもキャップを目深にかぶっていた。
「ね? いいでしょ、なっち?」
「でも……」
「お願い〜!」
うぅ……。
ごっちん……私より背が高いのに上目遣いで頼むなんて反則……。
反射的に私は頷いてしまっていた。
「やったー! なっち大好き〜!!」
「もぅ……そのかわりちょっとだけだよ? もうけっこう暗いんだから!」
「わかってる! それじゃなっち、なおさら早く着替えて〜!!」
「キャッ! ちょっと、衣装脱がさないでー!!」
☆
会場をあとにした私たちは、まず軽めになんか食べるためにレストランに入った。
「あっ、これ美味しいよ! はい、あ〜ん!」
「なっ!? そんなのできるわけ……むぐっ!?」
「あはっ! 美味しいでしょ?」
「……うん……」
思わず立ち上がってしまった私の口にごっちんはスプーンを押し込んで。
私はしょうがないから座り直して、ごっちんが食べさせてくれた料理を味わう。
うん……美味しいんだけど、やっぱりちょっと恥ずかしい……。
そんな私をごっちんはジーッと見つめている。
帽子で隠れてて見えないけど、ごっちんの目はきっとあの優しい、私が大好きな目をしてるんだろうなぁ。
「なっちのも少しちょうだい?」
「いいよ? はい、あ〜ん!」
「んあ〜」
大きな口を開いたごっちんに、私の料理を少し食べさせてあげる。
なんか親鳥が小鳥に餌をあげてるみたい、なんて想いながらも、ついつい私もそんなごっちんの様子を見つめてしまう。
「ん〜、なっちのもおいひ〜!」
ごっちんのフニャッと笑った笑顔はとっても幸せそうで、それはいいんだけど……
そろそろちょっと……私たちを見ている視線を感じてきた。
帽子かぶってるとはいえバレちゃったかな?
私はさっさと目の前の料理を平らげた。
「ごっちん、そろそろ行こうか?」
「んっ」
ごっちんの耳元に口を寄せてそっと囁く。
ごっちんも短く頷いてくれた。
そして二人仲良くテーブルを立った。
☆
そのあとはお台場の街を練り歩いたり、ウィンドウショッピングをしたりして楽しんだ。
思えばごっちんとこんなデートなんてかなり久しぶりだった。
それ以上に最近ではプライベートで会えることも少なかったし。
「お互いソロになると大変だねぇ」
「ん〜、でも今日みたいなこともあるし。悪いことばっかりでもないよ?」
そんなことを話しながら歩いていたんだけど、不意にごっちんがピタッと止まった。
ごっちんの手に引っ張られて、私も歩みを止める。
「んっ? どうしたの、ごっちん?」
「なっち……ちょっと一緒に行きたい場所あんだけど……」
「えっ、どこ?」
「こっち!!」
「わっ!?」
手を引っ張られて走り出す。
ごっちんはどこに行くかも言わずに、私を引っ張って走っている。
どこに連れてってくれるのかな?
☆
「ハァ、ハァ、ここだよ、なっち……」
「……えっ?」
少し走って、ようやくごっちんが立ち止まった。
ごっちんは息を切らしていたけど、私はそれすらできずに立ちつくした。
そこはお台場の大観覧車の前。
「ご、ごっち……」
私が何か言う前に、ごっちんの手がまた私の手をキュッと握った。
ちょっとその手が震えてるように感じた。表情は帽子で隠れて見えない。
「いっしょに、乗りたい……なっちと……」
私はすぐには答えられなかった。
だってごっちんにとって観覧車は特別なものだって知ってるから。
「なっちで……いいの?」
それだけ言うのがやっとだった。
でもごっちんは……大きく頷いてくれた。
「なっちがいい。ごとーはなっちがいいんです。いっしょに観覧車、乗ってください」
「……ごっちん!」
気づいたときにはごっちんに抱きついていた。
もう目の前にいる少女が愛しくて、恋しくて……。
人目も気にせずごっちんの胸に飛び込んでいた。
「わっ!? なっち、ちょっと……」
「あっ、ゴメンね、ごっちん……」
「ん〜ん、嬉しかった。でもこういうことはさ、中でしよう?」
「……うん、そだね」
☆
私とごっちんを乗せたゴンドラがゆっくりゆっくりと上昇していく。
機械的な星が瞬く地上から、漆黒の夜空へと。
「うわ〜、きれー!!」
ごっちんは窓にへばりついて外の夜景を見ている。
初めて乗る観覧車に興味津々といった感じ。
私はそんなごっちんを向かい側から優しく見つめる。
「へぇ〜、こうなってるんだぁ! あっ、なっち、そっち行ってもいい?」
「んっ? こっちの夜景も見たいのかい?」
「ん〜ん、そうじゃなくてさ!」
「わっ!?」
ごっちんは不意に私のとなりに飛び移ってきた。
少しゴンドラが揺れて二人とも悲鳴をこぼすが、しばらくしてゴンドラはまた水平に戻った。
「おぉ、案外大丈夫なんだなぁ〜」
「もう、危ないっしょ、ごっちん!」
妙に感心しているごっちんとそれをたしなめる私。
でもごっちんはそんなこと意にも介さずに、今度はごっちんが私に飛びついてくる。
「夜景もいいけど、やっぱりなっちがいい」
「わけわかんないべさ」
「夜景を眺めるのもいいけどさ、やっぱりこう好きな人とイチャイチャするのが観覧車の醍醐味だよね?」
「ごっちんがしたいだけだべ?」
「んふっ!」
きつく私を抱きしめ、私の胸元に顔を埋めるごっちん。
私もごっちんの髪を撫でつつ、頭に顔を寄せる。
久しぶりに感じたごっちんのぬくもりは優しくて包まれそうになる。
久しぶりに嗅いだごっちんの香りは甘くて酔いしれそうになる。
私たちは少しのあいだそのまま離れなかった。
最近同じ時間を共有できなくて、忘れかけてしまったごっちんという感覚を取り戻すために。
ごっちんも私という感覚を取り戻してくれてるみたい。
そのうちに、私たちの乗ったゴンドラは一番上までさしかかろうとしていた。
「ごっちん、そろそろてっぺんだよ?」
「えっ? あっ、ホントだ!!」
ごっちんは私の胸からようやく離れた。
窓の外を見渡すと、また私の方に顔をむける。
「なっち、ドラマとかだとさぁ、てっぺんまで来たときに……キスとかするよね?」
「え〜? ごっちん、いつのドラマだべさ?」
「む〜、いいじゃ〜ん!!」
「別になっち嫌だって言ってないよ?」
そっと目を瞑って口を突き出す。
するとごっちんの温かい手が私の顔を包み込む。
「なっち……すき……」
柔らかに重なった唇は、
一瞬離れ、でもまた吸い寄せられるようにしっかりと重なる。
ごっちんの手がゆっくりと私の頬を滑っていき、腕が首に絡みつく。
そのまま抱き寄せられ、唇がもっと深く重なる。
私もごっちんの腰に腕をまわし、ごっちんのキスを受け入れた。
「んっ……」
しばらくして、唇に宿っていた感触が消える。
そっと目を開けてみると、そこにはごっちんの笑顔が咲いていた。
「なっち……」
「ん〜?」
「ありがとね、いっしょに観覧車乗ってくれて」
「なっちの方こそ……なっちを選んでくれてありがと」
するとごっちんの顔がまた近づいてきた。
でも今度は唇じゃなくて、おでこ同士が優しく合わさる。
そして私たちの視線が至近距離で重なった。
視界の端っこで、ごっちんの口がゆっくりと開く。
「……なっちは……ごとーの一番だから……」
こんなに嬉しくて素敵な言葉に、私はなんて返したらいいかわからない。
だからもう一度唇を重ねてから、またごっちんを胸の中に招き入れた。
「なっちも……ごっちんが一番だよ……」
「うん……」
私たち二人を乗せたゴンドラは、
ゆっくりとまた光の中へと降りていく途中。
「ねぇ、なっち……」
「んっ?」
「もう少し、このままでいい?」
「いいよ」
「ゴメンね、甘えたで」
「そんなのいつものことっしょ?」
「違うもん! なっちの前でだけだもん!」
結局そのあと下につく直前までごっちんは私から離れなかった。
まったく、本当に甘えたなんだから……。
あとがき
遅れましたがなっちの誕生日記念のなちごま小説です。
もうこれでもかってくらい甘くて甘えたですねぇ。
なっちはけっこう余裕がある感じで。お姉さんですなぁ。
一応これは続く予定。
でも今度は……裏かな?(激マテ