別に心配なわけじゃなか。
 どーせ2、3日もすればいつもみたいに辻さんや加護さんと楽屋でお菓子の大食い大会できるくらいまで回復するだろう。
 つーか昨日の今日だけどすでにもうよくなってるかもしれんし。

 別に暇でやることがなかったわけじゃなか。
 オフなんだから普段やれなくて、やりたいことだってたくさんあったし、それ以前に寝ていたかったし、昨日絵里とさゆに買い物に誘われたりもしたし。


 ただちょっと……気になっただけ……。



  おみまい



 タクシーの運転手さんに住所を言うと、少し走ったあと、一つのマンションの前についた。
 来たことないからあってるのかどうかわからないけど、とりあえずお金を払ってタクシーを降りる。
 携帯をとりだして高橋さんからのメールを開く。
 そこに書かれた住所のマンション名は、今目の前にあるマンション名と一致している。

 階段を上って、目的の部屋の前につく。
 本当にあっとうと?
 ちょっとだけ不安になる。
 やっぱり飯田さんか矢口さんあたりに聞いたほうがよかったかもしれん……。


 おそるおそるインターホンを押す。
 「ピンポーン」と室内にインターホンが響いてるのが聞こえる。
 少ししたあと、物音とともに『はーい……?』という弱々しい声が聞こえた。

「あっ、田中です。お見舞いに来たんですけど……」
『えっ、田中ちゃん?……ちょっと待って……』

 そこでインターホンはぷつっと切れた。
 しばらく待っていると、ガチャッという音がして扉が開いた。
 扉の向こうにいたのはパジャマ姿でちょっと頬を上気させた紺野さん。
 この様子だとまだ体調は回復してないみたい。


「すいません、寝てましたか?」
「ううん、ボーっとしてたけど起きてた……」

 紺野さんの後に続いて、紺野さんチにおじゃマルシェする。
 危なっかしい足取りでフラフラと歩いている紺野さんを見ると、昨日よりはいくぶんマシになったけど、まだ全快というわけではなさそう。
 昨日熱を出して、マネージャーさんに車で帰宅させられたときの紺野さんの表情を思い出す。
 苦しそうで、悔しそうで、なぜか胸が締め付けられた。


「あっ、れいなにかまわず寝ててください」
「う、うん……」
「熱計りましたか?」
「まだ……」

 体温計を探すと、机の上に置きっぱなしになってるのを見つける。
 それをベッドの上の紺野さんに差し出すと、紺野さんは受け取って、そのあとでパジャマの前のボタンを1、2個プチップチッと外した。
 慌てて顔を背けた。いや、全部脱ぐことはないんだろうけど、その……見えちゃいそうで……。
 どうやら熱で思考能力が低下しているみたい。
 まったく……こっちの熱が上がっちゃうけん……。


 熱を計っているあいだにその辺にあった綺麗なタオルを水で濡らす。
 そっと前髪をよけ、おでこに濡れタオルをピタッとのせると、ちょっとだけ紺野さんの表情が和らいだ気がした。

 そうこうしているうちに、紺野さんの服の中から「ピピピピッ……」という電子音が鳴った。
 紺野さんが体温計を取り出す。
 アタシも一緒に覗き込んだ。

「「……38度5分……」」
 まだ熱は下がってないらしい。


「薬飲みましたか?」
「それもまだ……飲んでない……」

 これまた机の上に置いてあった薬の袋を手に取る。
 う〜ん、食後に飲むやつか……。

「……なんか食べれます?」
「え〜っと……あっ、リンゴがあるから食べたいなぁ……」
「わかりました」

 冷蔵庫を開けて、紅いリンゴを取り出す。
 ついでに果物ナイフも見つけたけど……
 ……リンゴの皮むきなんて……最後にやったのいつだっけ?
 確か小学校の家庭科の時間にやってから……記憶になか……。


 四苦八苦しながらリンゴの皮を剥く。
 見事に途中でバツバツ切れる。
 おまけにようやく白い中身が現れた頃には、なんか一回り小さくなってる気が……。
 それでも食べやすい大きさに切り、お皿に盛って、紺野さんのところへ持っていく。

「リンゴ剥けましたよ」
「あ、ありがと、田中ちゃん……」
「起きれますか?」
「うん……」

 そう言いながらも、起きあがるのがかなり辛そうだ。
 そっとベッドの縁に座ると、おでこに乗ってるタオルをいったんとってから手を紺野さんの背中に回し、起きるのを手伝ってやる。

「食べれますか?」
「……あの……食べさせてもらっていいかなぁ……」
「ぇえっ!?……は、はいっ……」

 そんな(文字通り)熱っぽい瞳で懇願されちゃあ、もうどうしようもない。
 意志とは無関係に、口は返事を返し、体はかってに動いてる。
 フォークでリンゴを刺すと、紺野さんの口許に持っていく。

「んっ……おいし……」

 シャリシャリとリンゴを頬張る紺野さん。
 その食欲は健在なようで、お皿の中のリンゴはすぐになくなった。


「それじゃ、薬です」
「うん……」

 紺野さんが薬を飲み終わると、あたしもベッドから降りる。
 紺野さんはまた横になったので、タオルをもう一回濡らし直すと、またおでこの上に乗っけた。


「あとは暖かくしてゆっくり寝てください。れいなは帰りますから」
「あっ、田中ちゃん……」
 帰り支度をしていると、ベッドの中から紺野さんに呼ばれた。

「なんですか?」
「あの……今日はありがと……お見舞いに来てもらっちゃって……」
「どういたしまして」
「でも……ごめんね? せっかくのオフだったのに、私のために……」
「だって、好きな人が病気になってるのに……のんきに遊んでなんかいられませんよ」

 言っちゃってからハッと気付く。
 あ、あたしは今なんて……
 一瞬で顔が熱くなる。


「ありがと。私も田中ちゃんのこと好きだよ……」
「えっ?……えーっ!?」

 思わず見つめた紺野さんの顔は、今日初めての笑顔で。
 でもその目がゆっくり閉じると、その少しあとには規則正しい寝息が聞こえ始めた。

 そっか……紺野さんは熱で思考能力が低下してるんよね……。
 できればふつーの状態のときに聞きたかったけん……。


 でも……それでも好きって言ってくれたってことは、ちょっとは脈ありって思ってよかですか?

 そっと紺野さんの寝顔を覗き込む。
 どうしても気付いてしまった気持ちは止められなくて……
「早くよくなってくださいね……」
 一回だけ、一瞬だけ、そっと唇を重ねた。



 そのあとは真っ赤になってる顔と、ドキドキしている心臓を抑えて、逃げるように部屋から出て行き、鍵をかけると、その鍵をポストに落とした。
 外の寒い風の中でも、一瞬触ったキスの感触がまだ唇に残ってる。
 顔がポーッと熱い。


 もしかして紺野さんの風邪が伝染っちゃったかな?
 キスで伝染る、って話聞いたことあるし……。


 まぁ、いいや。そしたらその時は……

 今度は紺野さんにお見舞い来てもらうけん!






あとがき

書きたい書きたいと思ってたれなこんです! とうとう書いちまいました!
田中さんが素直じゃなくて、でも献身的で、でも不器用で。
そんな感じで書いてみました。
そして微妙に訛りにも挑戦。
やっぱり難しいよ〜……。

ていうか大真面目にこんこんが風邪ひいたそうで……。
早くよくなってください〜!

从 ´ヮ`)<戻るけん!