「あっ!」
「あっ……」

 朝、絵里と一緒に楽屋に入ると、そこで紺野さんとはち合わせた。
 思わずその場で立ち止まる。紺野さんも立ち止まった。

「ぁ…あの……おはようございます、紺野さん……」
「あ…おはよう、田中ちゃん……」

 そこで二人とも黙り込んでしまう。
 となりの絵里が盛大な溜め息をついたのがわかった。

「ほら、れーな、早く着替えないと間に合わないよ!」
「あっ……そうやね……」

 絵里の助け船に乗り、あたしは紺野さんの横を通り抜ける。
 紺野さんも歩き出して、楽屋から出て行ったのがわかった。
 今度はあたしが盛大な溜め息。


「ねぇ、れーな! 本当に紺野さんと付き合ってるの?」
「……付き合っとうよ」

 確かにちゃんと告白して、しかも紺野さんも「好き」と言ってくれた。
 そしてあたしたちは付き合い始めた。……んだけど……
 なんかお互い意識しすぎちゃって、逆にギクシャクしちゃっている。
 どう接していいかわからない。
 今、そんな感じです……。



  Our Pace



 そのあとの収録は無事に終わった。
 ただあたしはテンション最悪だったのでほとんど喋らなかったけど……。

 今日の仕事は午前中だけなので、午後は暇。
 楽屋のあちこちで、ご飯食べに行こ〜、などという会話が飛び交っている。

「絵里、さゆ、一緒にご飯食べに行かない?」
「「え〜?」」

 あたしも絵里とさゆをご飯に誘うと、二人とも顔をしかめた。
 なんだよ、あたしじゃ不満と?

「れーなさぁ、絵里たちの前に誘うべき人がいるんじゃなぁい?」
「そうだよ!」
「えっ……?」

 絵里とさゆが揃って同じ方向を指さす。
 思わずそっちを向くと、そこには高橋さん、小川さん、新垣さんに囲まれてる紺野さんがいた。

「ねぇ、あさ美ちゃ〜ん! ご飯食べに行こうよ〜!!」
「あっ……えっと……」

 紺野さんがちらっとこっちを向いた。
 目がばっちし合い、思わず反らしてしまう。
 そのあとで「しまった!!」と思ったけど、もう遅かった。

「……うん、行こう! どこ行くの?」
「えーっとね、美味しいカボチャ料理の店、里沙ちゃんが見つけたんだ! あさ美ちゃんも好きでしょ?」
「好き! 行こう行こう〜!!」

 そのまま紺野さんたちは楽屋から出て行ってしまった。
 うぅ……今のはけっこうダメージ大きい……。


「いいの〜、れいな?」
「小川さんあたりに取られちゃうよ?」
「うぅ……」

 グサッグサッと言葉の矢が突き刺さる。
 普段だったら鉄拳制裁してるところだけど、さすがに今はそれどころじゃない。

「どうしよ、絵里〜、さゆ〜……。どうしたらいいんだろう……」
「う〜ん、そういわれても……絵里もまだ付き合ったことないし……」
「うん、私も誰かを好きになったことってないし……」

 あっ、地味に絵里が凹んでる……。

「ゴメンね、れいな。力になれなくて」
「ううん、よかと……」

 しかしこんなこと誰に相談すればいいだろう。
 自分一人じゃどうしようもないことはわかってるし……。
 あたしと紺野さんのことを知っていて、信頼できて、ちゃんと相談乗ってくれそうな人か……。
 となると……


  コンッコンッ!
「んあ〜い?」

 楽屋のドアをノックすると、中から独特の返事が返ってくる。
 「失礼します」と扉を開けると、ソファに座って雑誌を読んでた後藤さんを見つけた。

「おぉ、田中じゃん! どうしたの?」
「あっ、えっと……ちょっと相談したいことがあるんですけど……時間ありますか?」
「うん、まだ収録までかなり時間あるからね。なに、紺野とうまくいってないとか?」

 うぐっ!!
 どうしていつもはのほほんとしてるのにこういうときだけ鋭いんだろう……?
 まぁいいか。今はそっちのほうが好都合。
 あたしもソファに腰を下ろすと、後藤さんに悩んでいることを打ち明けた。


「ふ〜ん……なるほどねぇ」

 あたしが一通り喋り終わると、後藤さんがあとを引き取って喋りだした。

「とりあえずごとー的な意見を言っていい?」
「あっ、はい、ぜひ」
「なんつーかね、『コイビト』って言葉に囚われすぎなんだと思うよ」
「えっ?」

 後藤さんの言ったことがいまいちわからず、あたしは固まってしまう。
 そんなあたしに微笑みかけて、後藤さんはなおも続ける。

「コイビトだからなにしなくちゃいけない、とか、コイビトだからこうしなくちゃいけない、とか思いすぎて、逆になにもできなくなっちゃってるんだよ」
「あっ……」
「ふつーにしてればいいんだよ! お互い好き同士なんだから。ふつーにしてれば自然と『コイビト』みたくなれるって!」

 後藤さんの手があたしの頭を撫でてくる。
 優しくてあったかい手。なんか凄く気持ちいい。

「でも紺野が相手だからなぁ〜。ふつーにしてるだけじゃダメかもね。ほら、あれだ。紺野は『恥ずかしがリンゴちゃん』だから! 田中のほうからちょっとずつでも距離つめていかないと」
「あぁ……そうですね……」

 確かにあそこまでピュアで恥ずかしがり屋な人も今どき珍しい。
 迫ってくる紺野さんなんて想像できないし。
 ……まぁ、そんなところも含めて好きになったんやけどね……。

「とりあえずはさぁ、呼び方から変えてみたら?」
「へっ?」

 トリップしかけてたあたしの頭から手を離すと、後藤さんがそんなことを言って笑いかけてきた。

「呼び方……ですか……」
「うん。だってさぁ、恋人に対して『紺野さん』はちょっと他人行儀じゃない? 言われたほうだって距離感じて寂しいよ?」
「……そうですか……」
「ごとーもさ、付き合う前は『美貴ちゃん』って呼んでたけど、つきあい始めてからは『ミキティ』って呼ぶことにしたんだ。そしたらミキティも喜んでくれたし、そのあとはけっこうテンポよく進んだよ? だから田中も『紺ちゃん』とか『ポンちゃん』とか呼んでみれば?」

 あぁ、やっぱり後藤さんに相談してよかった。

「はい、れいな頑張ってみます!」
「そうそう、その意気だよ! ゆっくりでもいいからちゃんと一歩一歩進んでけばいいよ。でもまぁ、たまにはちょっと強引に迫るのも必要だろうけどね」
「は、はい……が、頑張ります……」


 その時急に楽屋のドアがバタァン、と開いた。
 思わず後藤さんと一緒にドアのほうを見ると、そこには完全に素の顔な藤本さんが立っていた。

「た〜な〜か〜……」
「ふ、藤本さん……?」
「ごっちんの楽屋で、しかも二人っきりで な に を し て い る ?」

 こ、怖い……本気で怖い……。
 思わず後藤さんの後ろに逃げ込む。

「後藤さん、なんとかして下さいよ〜!! じゃないとれいな藤本さんに殺られます!! れいなまだ死にたくありません〜!」
「あぁ、紺野とヤれるまでは死ねないってことか!」
「れ、れいなの人生をそこに集約せんでくださいっ!」
「あはっ! まったくミキティはヤキモチ焼きなんだから!」

 後藤さんはピョンと立ち上がって藤本さんの前に進んでいく。
 そして……

「ミキティ〜♪」
「えっ、ごっち……んむっ!?」
「……うわっ……」

 思わず手で顔を覆った。
 でもどうしても指のあいだから覗いてしまう。

 指の隙間の向こう、後藤さんが藤本さんを押さえつけてキスしていた。
 しかも見てる(正確には覗いてる)こっちのほうが熱くなっちゃうような、熱烈な……。

 藤本さんも最初は固まってたけど、やがて後藤さんを抱きしめ、積極的に唇を合わせていく。
 ……あれは完全に舌が入っとる……。
 ディ、ディープキスってやつやね……。


 動くに動けないあたしをよそに、後藤さんと藤本さんはお互い唇を貪って。
 そしてしばらくして銀色の糸を残して分かれた。
 うわっ……なんかエロ……。

「んっ……ごっちん……」

 藤本さんは、素の顔からうっとりした顔にかわり、後藤さんにもたれかかっている。
 どうやら後藤さんのキスで骨抜きにされたらしい。後藤さんってキス上手いんやね。
 後藤さんはそんな藤本さんを抱きしめながら、あたしの方をちらっと向く。
 あたしは思わずその場に立ち上がった。

「田中もたまにはこんくらい強引にいけば、あんがい紺野も許してくれちゃうかもよ〜?」
「う…あ……う……」

 口がパクパクしてちゃんとした言語を生み出さない。
 つーか無理! 絶対ムリです!!


「さてと……」

 後藤さんがおもむろに呟くと、藤本さんを抱きしめたまま、楽屋の扉を指さしてあたしに笑いかけてきた。
 最初は意味がまったくわからなかったんだけど、後藤さんが藤本さんをソファに押し倒したことによって急速に理解した。
 一目散に楽屋から飛び出し、後ろ手にドアを閉める。
 ていうか……14才の少女の目の前でいきなりおっぱじめないで下さいッツ!!!


 重い足を引きずって娘。の楽屋に戻る。
 なんか……ためにはなったけどやけに疲れた……。

 楽屋のドアを開けると、そこにはあたしと藤本さんの荷物が残っていて、そして……

「あっ、おかえり、田中ちゃん!」
「こ、紺野さんっ!?」

 紺野さんがソファに座って雑誌を読んでいた。


「紺野さん……小川さんたちと帰ったんじゃないんですか?」
「ん〜、そうしようと思ったんだけど引き返してきた。やっぱり今日は田中ちゃんと一緒にいたかったから!」
「そ、そうですか……」

 満面の笑みで言われて顔が熱くなる。
 無意識で殺し文句を言ってくるとは……紺野さん恐るべし……。
 あたしも紺野さんのとなりに腰を下ろす。

「田中ちゃん、どこいってたの?」
「あっ、ちょっと後藤さんのところに……」
「あっ……そうなんだ……」

 それきり会話が途絶えてしまう。
 また変に意識しすぎてる。
 ダメだ……これじゃダメなんだ!

 一回深呼吸して肩の力を抜く。
 ふつーにしてればいいんだよ!
 後藤さんの言葉が蘇ってくる。

「……紺野さん……」
「ふえっ?」

 そっと手を紺野さんの手に重ねると、柔らかいぬくもりが伝わってくる。
 ビックリして、赤い顔でこっちを向く紺野さんに笑顔を返す。

 ゆっくりでいい。少しずつでいい。
 あたしたちはあたしたちのペースで進んでいけばいい。
 それがあたしたちにとっての『自然』で『ふつー』で……そして望んでること。


 だから今、ちょっとだけ前に進もう。
 あたしは、口を開いた。



「あの……『ポンちゃん』って呼んでいいですか?」






あとがき

ホントは前回くっついた時点で、少しれなこんは休もうと思ったんですけど……
ですけど……

从 ´ヮ`)<ポンちゃん!
川o・-・)<れいな!

屈ッ! これはもう書くしかないっ!!
というわけでできあがりました。
しかし最近ごまみきがサブで大活躍。
やっぱり微エロになるのがごまみきだよね!(マテ

从 ´ヮ`)<戻るけん!