「はぁ……」
深い溜め息をつきながら、ガシガシッと頭を洗う。
まったく……なんでこんなことになっちゃったんだか……。
突き詰めれば絵里とさゆのせいになるんだけど、そう考えると更に気が滅入ってしまう。
結局紺野さんに押しきられて、今日は泊まっていくことになってしまった。
つまりは一つ屋根の下で一夜を共にするんであって……
どうしてもよからぬことを妄想してしまい、熱めのシャワーでシャンプーもろとも洗い流す。
う〜、しょうがないじゃん! あたしだってそれなりに健康な14才とよ……。
Sugar Fix
ゆっくりと湯船につかり、気分をリフレッシュさせてからお風呂場を出た。
脱衣所にはキレイに畳まれたパジャマがおいてあり、となりで洗濯機が回っていた。
紺野さんのものらしいピンクのチェックのパジャマ。うわ〜……ガラじゃなか……。
着てみるとやっぱりちょっと袖が余る。
や、やっぱり紺野さんのなのか……。
なぜかちょっと緊張してしまい、そしてちょっと恥ずかしい。
用意されたパジャマに着替え、髪をタオルで拭きながら戻ると、紺野さんはベッドの下にもう一枚布団を敷いている最中だった。
よかった……。これで「ベッドで一緒に寝よう」なんて言われた日にゃあ、絶対に理性が持たなか……。
「れいなが敷きますよ」
「あっ、田中ちゃん。あがったの?」
「はい、いいお湯加減でした」
タオルを肩にかけて、布団を敷くのを手伝う。
敷き終わって一息つくと、不意に紺野さんの手があたしの髪に触れた。
「えっ? こ、紺野さん?」
「田中ちゃん、髪濡れたままじゃん!」
「あ〜、そのうち乾きますよ」
「ダメだよ、髪痛むよ? ちょっと待ってて!」
そう言うと紺野さんは部屋を出て行ってしまった。
あ〜、ドライヤーの場所わからなかったから、いいかと思ってたんやけど……。
確かにこのままじゃ寝れんしね。
紺野さんはすぐにドライヤーと櫛を持って帰ってきた。
「ありがとうございます、紺野さん」
「ううん、いいよ。わかりづらいとこに置いてあるし」
紺野さんからドライヤーを受け取ろうとしたんだけど、紺野さんはアタシの前を通りすぎ、そのままベッドに腰掛けた。
あれっ?
不思議に思っているあたしをよそに、紺野さんはコンセントにドライヤーを繋ぐ。
「紺野さん?」
「髪乾かしてあげるよ!」
「……へっ!?」
「遠慮しなくていいから。おいで〜!!」
いったん立ち上がった紺野さんにグイッと腕を引っぱられる。
状況を理解できてないあたしは為すがまま。
先に紺野さんがベッドに座り、あたしは紺野さんの脚のあいだに座らされる。
ドライヤーから出る温風があたしの髪を撫でていくけど、あたしはそれどころじゃなかった。
「うわっ!? わわわっ! 紺野さんっ!!」
「ん〜、やりづらいからじっとしてて〜」
紺野さんはあたしの髪を優しくとかしていく。
そのたびにほのかな体温が背中に伝わり、優しい呼吸が首筋を撫でていく。
うわっ! うわわわわわっ!!
あたしは始終ドキドキしっぱなし。
やがて、カチッと音がして、髪にあたってた温風が止まった。
「はい、乾いたよ〜、田中ちゃん!」
「あっ、ど〜もです……」
紺野さんの手があたしの髪を触っている。
あたしも自分で触ってみるけど、しっかりと乾いてる。
よかった……やっとこのドキドキから解放される……。
そう思ってたんだけど……
ギュッ!!
「○×△@¥♪%!!?」
髪を撫でてた手があたしの前に回ってきて、そのまま抱き寄せられる。
ほのかだった体温が強くなる。
「田中ちゃん、私と同じにおいだ〜!」
更に紺野さんは、そんなことを言いながら顔を近づけてきて、あたしの髪のにおいを嗅いでいる。
あたしはもう本能が理性の臨界点を突き破る寸前……。
慌てて腕をふりほどき、紺野さんの中から脱出する。
「ハァ、ハァ……もう寝ましょう、紺野さん。明日も早いんですし……」
「えっ? あっ、そうだね」
もうこれ以上なんかされたら、あたしはホントに犯罪行為に走る!
今夜はさっさと寝てしまうに限るとよ。
明日早いのもホントだし……。
「じゃあ田中ちゃん、ベッド使っていいよ」
「いえ、いいです。れいな下で寝ますから!」
「でも干してないし、冷たいよ!」
「大丈夫です!!」
掛け布団を撒くって布団に潜り込む。
言い合いを続けてても拉致はあかない。こういうときはさっさと行動を起こしたほうがいい。
火照った体を冷ますのにはちょうどいいし……。
ていうか……紺野さんがいつも使っている、紺野さんのにおいが染みついたベッドでなんか眠れるわけがなか……。
カチッと音がして、部屋の電気が消える。
辺りが暗闇に包まれる。
紺野さんがベッドに上った気配がしたので、ベッドの上を見ると、紺野さんも私のほうを見たようで、目があった。
暗闇のなかでもはっきりとわかる。紺野さんがあたしだけを見つめていることが……。
「じゃあ、おやすみ、田中ちゃん」
「おやすみなさい、紺野さん。明日も頑張りましょうね」
「うん!」
紺野さんの顔が引っ込んだので、あたしも目を閉じる。
紺野さんはすぐに寝付いたようで、ベッドの上から「スゥー、スゥー」という可愛らしい寝息が聞こえてきた。
そしてあたしは……
「……眠れん……」
布団をかぶり、ギュッと目を瞑る。
頭の中では「ひ辻」の格好をした辻さんが走り回っている。
辻さん、頑張ってあたしを眠らせてください!
結局辻さんが2千周くらいしたところで、ようやくあたしは眠りにつけた。
☆
翌日……。
「ん〜……田中ちゃ〜ん……」
「……んっ? 呼びましたか……?」
誰かに呼ばれた気がして目が覚めた。
寝たのがかなり遅かったからまだかなり眠い。
ぼやけた目をごしごしこすると、今日一番最初に見たものは紺野さんの寝顔。
「……えっ?」
もう一度こすってみるけど変わらない。
「……えっ……えぇえええっ!!?」
思わず飛び起きた。
見ると昨日はベッドの上で寝てたはずの紺野さんが、今は下の布団であたしと一緒の布団に入っている。
これって…まさか…もしかして……
本能が暴走して無意識のうちに……
……や、ヤっちゃった?
「んっ? あっ、おはよう、田中ちゃん……」
自問自答をくり返し、必死に自分の考えを否定していると紺野さんが目覚めた様子。
紺野さんは起きあがると、「ん〜」なんて呻きながら腰の辺りをさすっていた。
「う〜ん、なんか腰が痛いなぁ……」
「ぇえっ!?」
こ、こ、腰が痛いぃぃいいっ!?
てことはやっぱりヤっちゃったんですかっ!?
うあー、なんてことをー!!
ていうかヤったんなら感触くらい覚えとけよ、もったいない!!
「あ、あの……紺野さん……」
どうやら取り返しがつかないことをしてしまったみたいで、とにかく謝ろうとしたんだけど……
「あっ、田中ちゃん、ごめんね〜」
「へっ?」
どうして紺野さんが謝るんですか?
「私寝相悪くってさぁ、昨日もベッドから落ちちゃったみたい。大丈夫だった?」
「えっ……ベッド?」
「いたた〜! う〜、腰打っちゃったみたい……。青アザになってなきゃいいけど……」
その瞬間一気に力が抜けた。
アハハハハ……そんなオチかよ!
なんで朝からこんなに疲れなきゃいけないんだ!!
……でも……よかった……。
「あ〜、田中ちゃん、今何時?」
紺野さんに尋ねられてアタシはようやく我に返る。
携帯を開いて時間を確認し、サーッと血の気が引くのがわかった。
紺野さんも携帯を覗き込み、青ざめてる。
「「遅刻だーっ!!」」
慌てて服を着替えだした紺野さんから慌てて目をそらす。
そしてあたしは服を取りに、バスルームへと駆け込む。
夜のうちに洗濯されたあたしの服は、最近流行りの乾燥機能付き洗濯機のおかげでしっかり乾いていた。
少しシワが気になるけど仕方ない。
服を着替え、準備を整える。
「紺野さん、準備終わりましたか!?」
「うん! 田中ちゃんは!?」
「大丈夫です。じゃあ急ぎましょう!」
「うん!!」
そしてアタシたちは二人で紺野さんの家を飛び出した。
☆
「おはようございまーす!!」
「遅れてすみません!!」
大急ぎでスタジオに駆け込むと、さすがにもうみんな揃っていた。
いっせいにあたしたちの方を向き、そしていっせいに固まる。
やっぱり二人一緒に入ったのはちょっとヤバかったかな……?
しかし、問題は別のところにあった。
「れいな!」
「れーなっ!!」
どこからともなく出現した絵里とさゆにあたしはスタジオの隅へと連れ去られる。
なんか二人ともやけに目が輝いてる気がするんですけど……。
「れーな、どうだった!?」
「どうだったって……なにが?」
「え〜? なにがってそりゃあねぇ」
絵里とさゆは目を合わせて「くふふ!」と笑い、口をあたしの耳元に寄せてくる。
そして……
「「紺野さんとヤっちゃったんでしょ?」」
「っ!?」
顔が一瞬で熱くなった。
「なっ! ヤってなか!! だいたいなんでそういう結論に至るん!?」
「え〜、だってぇ……」
またも二人で目を合わせると、今度は二人してあたしのほうを指さしてくる。
「「れいなの服、昨日と同じのじゃん!!」」
「あ゛っ……?」
ふと紺野さんのほうを見ると、紺野さんも藤本さんや高橋さんに取り囲まれて、これ以上ないってくらい顔を真っ赤にしていて……
結局その日、あたしと紺野さんは、飯田さんに遅刻(+α)のことで長々と説教されました……。
あとがき
はい、書きました〜! 「プライベート・レッスン」の続編でっす!!
なんかもう「やりすぎた」感があるけど、この際よしとしよう!
ギリギリです、ギリギリ。いろいろとね。
「Sugar Fix」訳すと「甘い経験」です。(わかる人にはわかる
全然甘くないような気もしますが、いいんです!(爆