両親は3年前に事故で2人とも亡くなった。
 大好きだったお姉ちゃんも、去年結婚して家を出て行ってしまった。
 今は遙か海の向こうで楽しく暮らしているはず。

 あたしは後藤真希。親の遺産で大学に通ってる大学生。
 大した友達も作らずに、現在独りぼっち。



  雨宿り



 その日も特に平凡な一日だった。
 大学に行って、講義受けて、昼食食べて、また講義受けて……。
 帰る時間になってからパラパラと雨が降り始めたけど、変わったことはそれくらいで。
 特に何ごともなく終わるはずだった。

 折りたたみ傘を差して、家への帰り道を歩く。
 今日は目一杯講義が入ってたから、もう辺りは薄暗くて。
 自然とちょっと早足になってしまう。


 やがて自分の家の前まで帰ってくる。
 1人で住むにはちょっと大きすぎる家。
 親戚の家に引っ越すという話もあったけど、断った。
 もう誰かと深く関わる気があたしにはなかったから。

 ポケットから鍵を取り出そうとして、気がつく。
 玄関の軒下にうずくまっている人影。
 誰かが雨宿りでもしてるのかな?
 少し近づいて、また気づく。

 濡れた黒い髪から飛び出た猫の耳。
 スカートの裾から飛び出している長い尻尾。

「CAT……?」


  "Combine Animal-gene Technology"、略して「CAT」。
 人間と動物の遺伝子を融合させて新しい生物を作り出す技術。
 まだまだ開発中で、今は試作品として新しい愛玩動物が作られているくらい。
 上流階級の人間が『飼って』いたりする。
 そして「CAT」という用語は技術よりも、その技術で作られたモノに定着した。

「あっ……」

 そのコもあたしに気づいたように振り返った。
 髪と同じ、真っ黒の瞳。
 それとは正反対の白い耳と尻尾。
 それがなんか可愛いと思った。
 首輪はしている。きっと主人に捨てられでもしたのだろう。

「す、すいません、すぐに出ていきますから……」
「あ〜、別にいいよ、こんなところでよければ止むまでいても」
「でも……」
「へーきへーき、ここごとーしか住んでないし」
「そうですか、ありがとうございます」

 玄関を開けると、彼女は少し身体をずらして道をあけた。
 あたしはそのまま家の中へと入る。
 玄関の隙間に彼女の姿が消えていった。

 折りたたみ傘はあったけど、やっぱりちょっと濡れたか。
 夕飯の前にシャワー浴びようかな。


「ふあ〜……」

 シャワーを浴びてさっぱりしたあたしは、夕飯を作ろうとキッチンへ入る。
 今日は何にしようかなぁ、と思って冷蔵庫をのぞく。
 適当に野菜を取り出して冷蔵庫を閉めると、外から聞こえてくる雨の音。
 まだ止んでないんだ……。しかも激しくなってるみたい。

 ……あのコはまだいるのかな?
 そんな思いが心をよぎる。

 人と関わるのはもう止めた。
 だって、親しくなった人はみんないなくなってしまうから。
 また悲しい思いをするくらいなら、もう誰とも付き合わなければいい。
 そう心に決めて生きてきた。

 でも……あのコのことが気にかかる。
 雨は激しくなってるし、軒下じゃそんなに雨をしのげないだろう。
 風邪とか引かないかな? お腹も減ってるんじゃないだろうか?
 なんでこんなに気になるのか、わからない。


「……まぁ、いいか。彼女は人間じゃないんだし」

 堂々巡りを繰り返したあと、結局そう自分に言い聞かせて、あたしは玄関に向かった。
 もういないかもしれない。どこかもっと雨宿りできるところに行ったかもしれない。
 いなければ、その時はその時。
 ちょっと変わった出会いがあっただけで、今日もまた平凡に終わるだろう。
 そしてきっともう会うこともないだろう。
 でも、もしまだいたら……
 あたしはそっと玄関を開けた。

「あっ、お出かけですか、『ごとー』さん?」

 彼女はまだそこにいた。
 さっきと同じ場所に。
 さっきよりもずぶ濡れになって。

「こんな大雨が降ってるのに、わざわざ出かける人なんていないって」
「あっ、それもそうですね。じゃあどうしたんですか?」
「・・・・・・」

 それには答えず、あたしは戸を大きく開ける。

「?」
「入れば?」
「えっ?」

 彼女は目を丸くしている。
 あたしはちょっと頬が熱い。

「部屋ならたくさん空いてるし、家の中のほうが暖かいよ?」

 なぜだか自然に、言葉が口から出てきた。

「でも……」
「シャワーだって浴びれるし、ご飯も何か作ってあげるから」
「で、でも……」

 彼女は頑なに拒んでいたけど……

  グウゥゥゥ……

「おっ?」
「はうっ!」

 彼女のお腹が盛大に返事した。
 お腹を押さえ、赤面する彼女をみると、ついついあたしは笑顔になってしまう。

「決まりだね。ほら、おいで」
「うぅ〜……お邪魔します……」

 彼女は耳をピコピコと動かしてあたしについてきた。


「あたしは後藤真希。キミは?」
「私は……紺野あさ美です」


 雨がもたらした一つの出会い。
 それはまだ、偶然の出逢い……。


To be continued...



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