「あっ、ちょっと待ってて」
「はい……」

 紺野を玄関に残して、あたしは家の中へと戻っていく。
 そしてお風呂場からバスタオルを引っ張り出してきて、また玄関に戻った。

「うわっ、びしょ濡れじゃん」
「あっ、自分でやります」
「いいから、いいから」

 紺野の頭にバサッとバスタオルをかぶせる。
 そのまま濡れた髪の毛を拭っていくけど。
 気になるのは、バスタオルの下でもピコピコと動く猫耳。
 思わずそっとタオルの上から撫でてみる。

「きゃうっ!!」

 その瞬間に、ピーンと紺野の身体が張りつめた。

「あっ、ゴメン、痛かった?」
「いえ、そうじゃないんですけど……なんかくすぐったいっていうか、こそばゆいっていうか……」
「ふ〜ん」

 もう一度不意打ちで耳を触ってみる。
 また紺野の身体がビクッと反応した。
 ……なんかおもしろいかも……。

「ご、後藤さんっ!!」
「あはっ、ゴメンゴメン。じゃ、まずシャワー浴びてきなよ。そのあいだに夕食作っとくから」
「で、でも、一晩泊めていただけるだけでもありがたいのに、そんなことまで……」
「ん〜、なに、それともごとーも一緒に入って洗ってあげようか?」
「うぅ……お、お借りします……」



  ソファー



 紺野がシャワーを浴び終わったら、2人で夕食。
 紺野はよほどお腹が空いていたのか、すぐに平らげてしまった。

「さて、じゃあ好きな部屋使っていいから」
「でも……」
「大丈夫、どうせ使ってないんだし」
「そうですか、それじゃあ……」

 紺野はダイニングを出ると、隣のリビングへと入っていった。
 そしてリビングにあるソファーに座った。

「この部屋いいですか?」
「んあっ? 別にいいけど、ふつーの部屋もあるんだよ? ベッドだってあるし……」
「いえ、いつもソファーで寝てたので、こっちのほうが落ち着くんです」

 紺野はソファーの上にぽてっと倒れて丸くなる。
 尻尾がくるくると宙に何か描いた。
 なんかその辺はホントに猫っぽい。

「じゃあそこ使っていいよ」
「ありがとうございます」
「でもそのままじゃ寒いでしょ。なんか掛けるもの持ってくるから」
「あっ、すいません」

 二階へと上がり、使ってない毛布を一枚引き出す。
 それからちょっと考えて、自分の布団も一式持って、下へ下りた。


「あの、後藤さん……さすがにそんなには掛けないんですけど……」

 紺野はポケポケッとそんなことを言ってくる。
 そりゃあね、たとえ真冬でも敷き布団掛けて寝るヤツはいないでしょう。

「違うよ、これはごとーの布団」
「えっ?」
「今夜はごとーもここで寝ようと思って」
「えぇっ!?」

 驚いて飛び起きた紺野をよそに、あたしはテキパキとソファーの下に布団を敷く。
 これで寝る準備は整ったけど、さすがにまだ早いので、あたしはソファーに腰を下ろす。
 そして飛び起きたままで固まった紺野を引き寄せた。

「あっ!?」

 紺野の頭がぽてっとあたしのふとももの上に落ちる。
 猫耳がピコピコ動いて、なんかくすぐったいかも。

「ご、ご、ご、後藤さんっ!?」
「あはっ、紺野、可愛いねぇ〜」

 そのままゴロゴロと喉を撫でる。

「ふあっ!?」
「やっぱり気持ちいいの?」
「ちょ、ちょっと……」
「ふ〜ん」

 喉をなで続けると、目にとまる首輪。
 確かCATは首輪をもらうことで主人と主従関係を結ぶって聞いたことがある。

「ねぇ、紺野」
「は、はい?」
「紺野を飼ってた人ってどんな人だったの?」
「えっ……?」
「あっ、嫌な思いさせちゃったらゴメン……」

 紺野はしばらくあたしの膝の上で遠くを見つめていたけど。
 やがてゆっくりと口を開けた。

「ご主人様は……猫みたいな人でした……」
「はっ?」

 紺野が猫なんじゃないの?

「気まぐれで、気分屋で、飽きっぽくて。だからきっと私を買ったのも、私を捨てたのも、全部気まぐれだったと思うんです」
「・・・・・・」
「でも、ご主人様に飼ってもらえていた時はすごく可愛がってもらえて、とても幸せでしたよ」
「……そっか」

 あたしと同じなんだ、と直感的に思った。
 紺野も突然大切な人をなくしてしまって、独りになってしまったんだ……。

 紺野の大きな瞳から一粒涙が零れた。
 手を伸ばして、そっと涙を拭う。
 紺野は「すいません」と一言謝った。
 あたしは紺野の頭を優しく撫でてあげた。


「ちょっと早いけど、もう寝ようか?」
「はい」

 紺野が頭を上げる。
 あたしはソファーを立って、下に敷いた布団に入った。

「これ掛けな。夜はまだ冷えるから」
「ありがとうございます」

 紺野に毛布を渡す。
 紺野はソファーの上で、毛布にくるまった。

「おやすみ、紺野」
「おやすみなさい、後藤さん」

 電気を消して、あたしも布団に潜り込む。
 聞こえてくるのはあたしと紺野の呼吸、そして雨の音。
 あたしはゆっくり瞳を閉じた。


  バターン!

「んあっ……?」

 すぐ近くで大きな音がした。
 おかげで眠りかけてたのに、一瞬で覚醒した。
 目を開けると目の前には白い猫耳。
 紺野がソファーから落っこちてきたらしい。

「んっ……」

 紺野はむくっと起きあがる。
 そしてよじよじとソファーをよじ登る。
 そして……

「くー……」

 寝た。
 いや、たぶんずっと寝たままだったんだろう。
 でも……


  ビターン!

 また紺野が降ってきた。
 起きあがり、そしてソファーの上に戻る。


  ドターン!!

 また起きあがり、ソファーに戻ろうとする。

  ムギュッ!

 あたしは紺野の尻尾を掴んだ。
 しばらく紺野は空中で手を動かしていたけど、やがて力尽きたように、その場に崩れ落ちた。

「まったく……どんな寝相だよ……」

 あたしは紺野を自分の布団に引きずり込む。
 でもさすがに2人で寝るにはちょっと狭くて。
 紺野が布団からはみ出ないように、あたしは紺野を抱きしめた。

 ふわっと薫る、甘い香り。
 柔らかくて、あったかい身体。

 それがなんとも心地良くて。
 あたしはすぐに眠りに落ちてしまった。


 翌朝。
 雨はすっかりと上がっていた。

 紺野は先に目が覚めたらしく、あたしの腕の中で、真っ赤になって固まっていて。
 あたしが目覚めると、すぐに腕の中から出て行ってしまった。
 ぬくもりがなんか名残惜しかった。

 朝ご飯も軽く作ってあげる。
 紺野はやっぱりペロッと平らげてしまって。
 そして……

 雨が上がれば、雨宿りは終わり。
 玄関で靴をはく紺野を、あたしはそっと見守る。


「いろいろとありがとうございました、後藤さん」

 深く丁寧に頭を下げる紺野。
 あたしは何も言えずに、ただ紺野を見つめていた。

 紺野が顔を上げる。
 紺野と目が合う。
 そしてあたしたちはそのまま動けなくなった。


「あの、後藤さん……」

 少しして、紺野が口を開いた。

「んっ……?」
「あの……」

 紺野の口がパクパクと動く。
 何か言葉を探してるような、言おうかどうか迷っているような。
 でも結局なんの言葉も生み出さないまま、紺野の口はギュッと結ばれた。

「いえ、なんでもないです。本当にありがとうございました」

 くるっと紺野は後ろを向いた。
 そして玄関を開けて外へと出て行く。

「あっ……!」

 何かを叫ぼうとした口は、何も叫ぶことができなくて。
 何かを掴もうと伸ばした手は、結局何も掴めずに、空中で固まった。
 伸ばした手の向こう側で、パタンと音を立てて玄関が閉まった。

 あたしはしばらくその場から動けなかった。


To be continued...



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