その日は目が痛いほどの快晴で。
 特に何ごともなく、一日が終わった。

 それから数日は晴れの日が続いた。
 でも空とは対称的に、あたしの心は晴れなかった。
 何かをなくしてしまったような、そんな虚無感が心を覆っていた。

 週末の金曜日、昼から空がにわかに曇り始めた。
 なんとか雨には降られなかったけど、ベッドに入った時に外が騒がしくなった気がした。
 でも、確認するまえにあたしは眠ってしまった。

 そして翌日の土曜日。大学は休みで、あたしはいつもよりも遅く起きた。
 カーテンを開けると、外は雨が降っていた。
 あの日と同じ雨が……。



  偶然じゃない、必然。



 朝食兼昼食のトーストをかじって、コーヒーを飲む。
 いつもは適当にテレビでもつけてるんだけど、今日はなんとなくそんな気分じゃなくて。
 ボーっと窓の外を眺めていた。

「雨」

 雨、雨、雨……。
 雨雲から舞い落ちた雫が地面を叩いていく。

 雨を眺めて心が安まるわけじゃない。
 もともと雨は好きな方じゃないんだけど、今日はそれ以上に心がざわつく。

「雨……」

 あのコと逢ったのも、こんな雨の日だった、なんて。
 思い出してしまったら、胸のざわめきが増した。

 今頃どこにいるんだろう?
 誰かに拾ってもらえただろうか?
 それとも、またどこかで雨宿りしてるんだろうか?

 濡れてないかな?
 凍えてないかな?
 風邪ひいてないかな?
 いろんな想いが頭の中を巡る。

 もう誰かと深く関わるのはもう止めたはずなのに。
 また悲しい思いをすることになるってわかってるはずなのに。

 遺伝子操作が生み出したCATは人間よりもずっと短命だ。
 近い未来に必ず来る、永遠の別れ。
 それはきっと心を引き裂くような辛い別れになるってわかっているのに。

 でも……紺野となら……
 悲しい別れが訪れる前に、それ以上の想い出を作れるような予感がする。


「う〜……あー、もうっ!!」

 ごちゃごちゃ考えるのはもう止めた。
 傘をひっつかんで、あたしは雨の中へと飛び出した。


「紺野ー、紺野ーっ!!」

 降りしきる雨の中をあてもなく走り抜ける。
 雨の音にも負けないように、大声で紺野の名前を叫んで。

 どこにいるかなんてわからない。
 まだこの近くにいるなんていう確証も全くない。
 でも……それでも……。

「紺野ーっ!!」

 何もせずにはいられなかった。
 濡れるのもかまわずに走る。
 ただひたすら、紺野の姿を求めて。

 あの日、この前の雨の日に
 紺野と出逢って、あたしは独りじゃなくなった。
 今だからはっきりとわかる。
 紺野との出逢いは偶然なんかじゃなくて。
 出逢う運命にあった。必然だったんだ!


 どれくらい雨の中を走り回っただろう。
 服はもうびしょ濡れで、髪からは雫が滴っていた。
 体力ももうほとんど残ってなくて、ついに立ち止まってしまう。

「紺野……」

 でも、諦めない。
 力を振り絞って顔を上げた、その時だった。


「なに人の家に勝手に入ってるのよ!!」
「あっ……」

 目の前の家から誰かが飛び出てきた。
 そのまま濡れた道路に倒れ込む。
 そのコは真っ黒な髪をした女の子で。
 髪からは白い猫耳がピョコンと跳びだしていて、同じ色の長い尻尾が伸びていた。
 間違いない!

「紺野っ!!」

 あたしは残る体力を振り絞って思いきり走った。
 そして迷わず紺野を抱きしめた。

「後…藤……さん……?」
「紺野……よかった……」

 紺野は完全に固まって動かなかった。
 あたしはそのまま雨の中で紺野を抱きしめ続けた。
 冷えた身体がじんわりと熱を取り戻していく。
 それにともなって、ようやく紺野もあたしの腕の中で動き始めた。


「……どうして?」
「んっ?」
「どうして……後藤さんはここにいるんですか?」

 雨の音に負けそうなか細い声で、紺野が呟いた。

「それはごとーのセリフだよ。雨宿りするんなら、またごとーのウチに来ればいいじゃん」

 でも紺野は首を横に振った。

「ダメですよ、そんなの……」
「なんで!?」
「だって、後藤さんに会ったら……また会いたくなっちゃうから……」
「えっ?」

 紺野にグッと身体を押された。
 身体が離れ、紺野と真正面から向き合う。
 紺野の瞳から零れたのは、雨か、それとも……。

「それだけじゃないです。このまま雨が止まなければいいなぁ、とか考えちゃうんですよ。ずっと、後藤さんと一緒にいたいとか思っちゃうんですよ! だから……」

 あたしは強引に、また紺野を抱きしめた。
 あぁ、よかった……。
 紺野も、あたしと同じ気持ちだったんだ。


「……いいよ、いても」
「えっ?」
「ていうか、一緒にいてよ」

 今度はあたしのほうから身体を離す。
 そして紺野の黒い瞳を真っ直ぐ見つめる。
 一回大きく息を吸い込んで深呼吸。

「ごとーが紺野のこと拾ってあげる」
「えっ、でも……」
「でも、はなし。YESかNOだけ」

 紺野の唇にそっと人差し指をあてて、言葉を遮る。

「紺野……ごとーの、ごとーだけの猫になりなさい」


 紺野はしばらくポーッとしていたけど。
 やがて、何かを決心したように、顔を拭った。
 そしてニッコリと笑った。
 それは今日初めて見た紺野の笑顔。

 紺野の手がゆっくりと自分の首へと昇っていく。
 そして一瞬のあと、紺野の首から首輪が滑り落ちた。
 紺野の白い首筋が露わになる。

 それは終わり。そして始まり。


「ハイッ!!」

 あたしは飛びついてきた紺野を思いきり抱きしめた。


To be continued...



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