「ふあ〜!」

 お風呂からあがって部屋に帰ってくると、ごっちんは真っ先にベッドの上にダイブした。

「こら、ごっちん! ダメだよ、ちゃんと髪乾かさないと!」
「みゅ〜」

 ごっちんは聞こえないふりをしてるのか、ベッドの上で足をパタパタさせている。
 頭のウサギ耳もパタンと折れ曲がっている。
 って、そっちの耳は音聞こえないって自分で言ってたのに……。

「ほら、乾かしてあげるから、おいで」
「は〜い!!」

 そう言ってみるとごっちんはピョンとベッドから飛び降り、一目散に私のところにやってきた。
 まったく、現金なんだから……。
 苦笑しつつも、ちょっと嬉しく思ってしまう。
 ごっちんを鏡台の前に座らせ、ドライヤーを取り出す。

「ごっちん、熱くない?」
「んあ〜、平気〜!」

 しっとりとしていた髪がだんだんサラサラになっていく。
 ごっちんの髪を乾かし終わると、今度はごっちんが私の髪を乾かしてくれた。



  月下の夜想曲



「ふあ〜、暑い〜!」
「ほんとだねぇ〜」

 髪を乾かし終わると、ごっちんは再びベッドに寝ころんだ。
 私もベッドに腰掛ける。
 確かにごっちんの言ったとおりお風呂上がりで体が火照ってちょっと暑い。
 クーラーも入れたけど、涼しくなるにはもうちょっとかかりそう。

「あっ、そうだ、それならちょっとテラスに出てみる?」
「ふぇ、テラス?」

 ごっちんが興味津々な目で私を見た。
 耳もピンと張っている。

「そう、夜の空気がきっと気持ちいいよ。ごっちんまだ出たことないしね」
「んあっ、行くっ!!」

 ごっちんがピョンと立ち上がった。
 こういう時は行動がすごく迅速だねぇ。
 私もベッドから立ち上がり、ごっちんと手を繋いでテラスへつながる扉を開けた。
 するとそこから涼しくも優しい夏の風がそよいでくる。

「わぁ〜、すごーい!!」

 テラスに出るとごっちんは歓声を上げた。
 ごっちんが見上げる視線を追うと、そこには紺色の空にまん丸い満月が輝いていた。
 テラスに備え付けられているベンチに二人で座る。

「ごとーこんな夜空見たことないよ〜!」
「えっ、そうなの?」
「うんっ!」

 ごっちんの瞳はキラキラと輝いていて。
 私はそんなごっちんに見入ってしまう。
 私の視線を感じたのか、ごっちんは私の方を向き、そして照れたように目をそらした。

「ここじゃ星は見えないんだねぇ〜」
「東京は空が明るいからね。ごっちん、星も見たい?」
「ん〜、見てみたいなぁ……」
「じゃあ今度一緒に別荘にでも行こうか? 軽井沢とか北海道とかなら満天の星が見れるよ」
「本当!? 約束だよ、なっち〜!!」

 ごっちんがピョンと私に抱きついてくる。
 私はもうおきまりになったように、ごっちんの頭を撫でてあげる。
 でも、夜空を見たことがないって……

「ねぇ、ごっちん」
「んあっ?」
「ごっちんはさ、ここに来るまではどんな生活してたの?」
「ん〜……」

 ごっちんはしばらく虚空に視線を漂わせていたけど、やがてまた私にしがみついてきた。

「CATはねぇ、研究所で生まれてからはずっといろんなことを勉強するの」
「そうなの?」
「ほら、CATを飼うのってだいたい上流階級の人たちだから。その人たちと対等につき合えて、それでご主人様に恥をかかせないようにって」
「そうなんだ」
「自由な時間なんてほとんどなかったけど、辛くはなかったよ? ご主人様に可愛がってもらえるように、側においてもらえるようにって」

 さらにごっちんが身体をすり寄せてきた。
 ごっちんの腕に力がこもる。
 そよ風がサラサラと私たちを撫でていく。

「CATはねぇ、いっつもドキドキして誰かが買ってくれるのを待ってるんだよ? でも買われたらまたドキドキするんだよ。ご主人様ってどんな人なんだろう、って。ご主人様に可愛がってもらえるかな、って」
「そうなんだ……」

 ごっちんの身体を離し、向き合う。
 ごっちんの瞳を見つめる。

「ねぇ、ごっちん……なっちがご主人様で良かった? それとも……残念だった?」

 ごっちんはキョトンとしたあとにっこりと笑って。
 そしてごっちんの手が私の首に巻き付いてきた。
 私の耳元にごっちんの唇が寄せられる。

「なっちはごとーの……理想のご主人様だよ」
「……よかった」

 私もごっちんの身体をギュッと抱きしめた。
 その様子を満月だけが優しく見ていた。


 そのあとは適度に涼んで部屋の中へと戻った。
 そのころには部屋もほどよい涼しさに包まれていて。
 二人でテレビなんかを見てたんだけど、ちょっととなりを見るとごっちんがこしこしと目をこすっていた。

「ごっちん、眠い?」
「ん、ちょっと」
「それじゃ、もう寝ようか?」
「みゅ〜……」

 テレビを消してソファから立ち上がる。
 手を差し出すと、ごっちんがキュッと掴んできた。
 手を繋いだままベッドまで歩き、天蓋から垂れたレースのカーテンをくぐる。
 そして布団の中に入り込んだ。

「ほら、ごっちん、おいで」

 掛け布団をめくってごっちんを招く。
 ごっちんはおとなしくベッドの中に入ってきた。
 そのまま布団の中を進み、私の身体に抱きつく。
 そっと布団をごっちんに掛けてあげる。

「なっちぃ〜……」
「なぁに?」
「おやすみ〜……」
「ん、おやすみ」

 ごっちんの髪を梳き、そっとおでこに口づける。
 ごっちんは嬉しそうに「みゅ〜!」と鳴いたあと目を閉じた。
 そっとごっちんの手に自分の手を重ね、私もゆっくりと目を閉じる。

 夢の中で待っててね、ごっちん。
 私もすぐに追いつくから。


To be continued...



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