ごっちんが私の家に来て数日。
 私は毎日ごっちんと一緒に楽しくすごしていた。
 でも今日は昼食を食べ終えたあと出かける仕度を始める。

「んあっ、なっちどっか出かけるの?」
「うん、ちょっと大学行かなくちゃいけないの」
「ふぇ? 夏休みじゃないの?」
「そうだけど、研究室に顔出さなくちゃいけなくて」
「そうなんだぁ……」

 ふとごっちんを見ると、ごっちんはしょんぼりとしてて。
 耳も力なく垂れ下がっている。

「せっかくなっちと遊ぼうと思ったんだけどなぁ……」
「ごめんね、ごっちん」

 ごっちんの頭を撫でてあげると、ごっちんは私にキュッとしがみついてきた。

「……行っちゃやだ……」
「すぐに帰ってくるから」
「む〜……」

 ごっちんは唸りながらも、なかなか服を離してくれない。
 う〜ん、どうしようかなぁ……。
 あっ、でも今日はホントにちょっと研究室に行って必要なデータを持ってくるだけだから……

「じゃあごっちん……」
「む〜……」
「一緒に行く?」
「ふぇ?」

 ごっちんがキョトンと私の顔を見上げた。

「行っていいの?」
「うん。大学は誰でも入れるし、研究室だって今日はそんなに人いないだろうし」
「行くっ! 行く、一緒に行くっ!!」

 ごっちんにようやく笑顔が戻った。
 耳もピンと真っ直ぐになった。

「それじゃ、ごっちんも出かける仕度してね」
「はぁ〜い!!」



  Rabbit's Kiss



 圭ちゃんにキャンパスの前まで送ってもらい、私とごっちんは車から降りた。

「はい、ここがなっちの通ってる大学だよ」
「お〜、すご〜い!!」

 ごっちんは目を輝かせ、あたりをきょろきょろと見ている。
 まさに興味津々といった感じ。

「研究棟はもうちょっと先だから、行こ、ごっちん」
「うんっ!」

 ごっちんの手を握り、私たちは大学の敷地内に入っていく。
 まぁ、大学内には誰が入っても問題はないんだけど……
 やっぱりごっちんはけっこう目立つみたいで、道行く人が必ず一回は視線を向けるのがわかった。
 当の本人はまったく気付いてないみたいだけど……。

 そうこうしているうちに研究棟についた。
 階段を上って研究室へと向かう。
 研究室には明かりがついていた。てことは誰かいるんだ。
 扉を開けるとクーラーの涼しい風が溢れてきた。

「こんにちは〜!」

 研究室の中へと入る。
 ごっちんも私の後ろをピョコピョコとついてきた。

「お〜、なっちじゃん、どうしたの?」
「あっ、ヤグチ!」

 研究室にいたのは同じ学年の矢口真里。
 パソコンの前からひょいと顔を出し、私を見つける。
 ヤグチは私の後ろに隠れているごっちんも見つけたようで。

「あれっ、それってもしかしてCAT? なっち買ったの?」
「ううん、誕生日プレゼント。ごっちんって言うんだよ」
「へぇ〜、可愛いじゃん! オイラのよっすぃーほどじゃないけど!」
「なんだと!」

 実はヤグチの両親は二人ともCAT研究に携わっている。
 私の両親とも付き合いがあって、だから今年のプレゼントはCATになったのかな?
 ちなみにヤグチもCATを飼っている。よっすぃーという犬のCAT。

「ウサギのCATかぁ〜、ウサギもけっこういいねぇ〜?」

 ヤグチはジロジロと無遠慮にごっちんを観察して。
 ごっちんはその間きれいに固まっていた。
 たまらず私はヤグチの前に割り込む。

「もう、ごっちんをいじめないで!」
「イジメてないよ、観察してるだけだよ!」
「観察ならよっすぃーを好きなだけ観察すればいいべさ!」
「だってよっすぃーはもう観察し終わったんだも〜ん!」
「カオリもちょっと観察していい?」
「「うわあっ!?」」

 サラッと会話に加わってきた声に、私とヤグチは飛び上がった。
 見るとそこにはごっちんの耳をピコピコといじっているカオリの姿が。

 同じく同学年の飯田圭織。
 といっても研究室どころか学部も違うんだけど、なぜか頻繁に私たちの研究室に遊びに来て。
 よく何かと交信していて、とっても神出鬼没。

「か、カオリ、いつ来たの……?」
「今さっきよ」
「どこから入ってきたの?」
「そこの扉からよ」

 相変わらずカオリはよくわからない……。
 とりあえずごっちんがカオリに捕まって固まってるので、私はごっちんからカオリを引き離す。
 そして乱れた髪を直してあげる。

「じゃあごっちん、ちょっと待っててね。データをまとめてすぐに持ち出しちゃうから」
「んっ、わかった」

 ごっちんを残し、私は自分のデスクへと向かう。
 論文に使うデータをさっさとまとめ、あとは家でやろうかと思ったんだけど、久しぶりに会うヤグチやカオリと雑談したりしてたらけっこう時間がかかってしまって。
 結局大学を出たのは夕方になってしまっていた。


「む〜」
「ご、ごっちん……」
「む〜……」

 家に着いてからごっちんはちょっとご機嫌ナナメ。
 ベッドに寝っ転がり、枕を抱えてむくれている。

「ごっちん〜……」

 ベッドの上に乗り、ごっちんの隣に座り込む。
 そして髪を優しく撫でる。

「ごっちん、ごめんね……すぐに終わらせるって言ったのに、いろいろ長引かせちゃって……」
「む〜〜〜!」

 ごっちんはしばらく唸ったまま、私に背中を向けていたけど、やがて大きく1つ息をつくと、その場にむくっと起きあがった。
 そして私にギュッと抱きついてくる。

「む〜、ごとーわかってるんだよ……?」
「ん〜、どうしたの、ごっちん?」
「なっちには友達もいるし、友達との時間も大切ってことわかってるけどぉ……なっちが友達と楽しそうに話してるの見てたら……」
「寂しくなっちゃったの?」

 ごっちんは私の胸の中で、恥ずかしそうに小さく頷いた。

「ごめんね、ごっちん……」
「ちょっとはごとーのこと思い出して欲しかったよ〜……」

 私にすり寄ってくるごっちん。
 抱きつく力もちょっと強くなる。

「ごめんね、ごっちん。どうすれば機嫌直してくれる?」
「みゅ〜……」

 ちょっとそのまま迷っていたあと、ごっちんは顔を上げた。
 ごっちんの瞳が私を見上げる。

「なっち……」
「んっ?」
「じゃあ、ちゅーして?」
「えっ……!?」

 赤く染まるごっちんの頬。
 ちゅーって……キスのこと……?

「えっと……ほっぺじゃダメ……?」
「むぅ!」

 ごっちんの目が抗議を唱える。
 やっぱりダメらしい。
 ほっぺや額にならしたことあるんだけど、さすがに口に直接したことはなくて。

「イヤ、なっち……?」
「ううん、そういうわけじゃなくてね」

 不安げに揺れているごっちんの瞳。
 そっとごっちんの髪を撫で、そのまま手を頬に添える。
 すごくドキドキする。でもイヤじゃない。
 ゆっくりと顔を近づけていく。

「なっち……」
「んっ……?」
「ごとーはなっちの『特別』になりたいの」
「そんなのすぐになれるよ」

 目を瞑り、最後の距離を近づける。
 唇が触れ合った瞬間、ごっちんの身体がビクッと硬直したけど、やがてゆっくりと身体を私に預けてきた。

 ごっちんが私の特別になるのは、想像以上に早いかもしれない。
 そんなことを考えながら、私はごっちんの身体をゆっくりと抱きしめた。


To be continued...



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